第38話
ワカ村を後にしたシリウスとククル、そして一緒に連れて帰ってきたヤムカカンは、城塞都市ガーランドに戻ってきた。
久しぶりの騒がしい街の雰囲気に、最初のころのククルだったら目を回していたことだろう。
だが今は慣れた様子で周囲を見て、まるで故郷に帰ってきたかのように楽しそうだ。
「おおシリウス! また大変だったらしいなぁ!」
「シリウスさん聞いてよ! うちの旦那がまた――!」
しばらくぶりだからだろう。
歩けば誰かに声をかけられるのも相変わらずで、一人一人丁寧に話を聞くシリウスの姿を、ククルは微笑ましく見ていた。
そうして冒険者ギルドに入り、シリウスの帰還を知った彼らは大騒ぎ。
「やっぱりお父さんは愛されてるなぁ……」
「まあみんな、騒がしく出来る理由が欲しいだけだよね」
そうとは思えないククルだが、それが彼の魅力なのだとわかっているのでなにも言わない。
「お帰りなさいシリウスさん」
「うん、ただいまエレンさん」
受付嬢のエレンと、まるで夫婦のようなやりとり。
たったそれだけのことなのに、どこか日常に帰ってきたような雰囲気を出すシリウスに、ククルはちょっとだけ嫉妬の気持ちが沸いてくる。
だからだろう。
相変わらず父に色目を使っているのだと思って、少し意地悪をしたくなった。
「……エレンさん」
「あらククルちゃん。どうしたの?」
「……」
「ククルちゃん?」
じーとしばらく見てから、やっぱり美人だし胸も大きいし優しい人だよなぁ、とククルは思う。
ただし、それだけ自らの父の嫁に相応しいかと言われると、まだまだだ。
「お父さん」
「え?」
「私、正式に娘になるの。だから――」
――お父さんのお嫁さんになりたかったら、私に認められてからね。
そっとシリウスには聞こえないように耳打ちすると、彼女はピシッと石像になったように固まってしまった。
実はククル的にエレンはかなりいい線を言っているのだが、今のところアリアの方が一歩リードしているような状態だから、少し意地悪をしてしまったのだ。
――まあ、アリアさんでもまだ駄目だけど。
彼女の基準はシリウスを幸せに出来るかどうか。
アリアもエレンも親しくしているし、好いているのもわかるが、どちらも立場などもあるから簡単には許可出来ないと思っていた。
「ククル、どうしたの?」
「なんでもないよ。まりーちゃんも待ってるだろうし、家に帰ろ」
「そうだね」
そうして周囲に見せつけるように手を握り、誰がどう見ても家族であることを見せつけるククルであった。
その日の夜。
眠ってしまったククルをベッドに寝かせ、シリウスは一階で宴会をしている冒険者たちを横目にカウンターに座る。
「シリウスちゃん。お疲れ様」
「うん、まりーちゃんもね」
二人はカウンターを挟んで、グラスをカツンとぶつける。
そしてしばらく無言でお酒を飲み、二杯目を入れて貰ったところでマリーが口を開く。
「立派な男になったのねぇ」
「どうかな? まだまだみんなに助けて貰ってばっかりで、頼りないままな気もするよ」
「あら、男は父になったら変わるものよ。強く、頼りがいも出て、周囲の女性陣もメロメロになっちゃうの。ふふふ、私ももう今のシリウスちゃんにメロメロかも」
「あはは。それなら嬉しいなぁ」
「もう、私は本気なのにぃ」
なんて軽口をお互い話しながら、改めて近況を話し合う。
ククルが凄い魔術師だったこと。
それは貴族が放っておけないくらいのもので、だからこそ本当は貴族になった方がいいと思ったこと。
だけど彼女はそれでも、自分と一緒にいたいと言ってくれたこと。
聞き上手なマリーは、笑顔で頷きながら何度も空になったグラスにお酒を注ぐ。
普段はあまり酔うまで飲まないシリウスだったがなんとなく今日は飲みたい気分だった。
「あらあら、惚気ちゃって」
「んー? そんなつもりはないんだけど……」
「それだけククルちゃんが大切なんでしょう?」
「それはもう、うん……間違いないかなぁ」
ほんの少しだけろれつの回らない中、本音がすっと出てくる。
それを見てまたマリーは笑うのだが、気分が良くなっているシリウスは気付かない。
しばらくして、何杯目かもうわからないくらい飲んだ後、シリウスは自分の部屋に帰される。
そしてベッドで寝ているククルと、その抱き枕にされているヤムカカンを見て、帰ってきたのだという気持ちが沸いてきた。
――俺が、守らないと。
もちろん、単純な戦いとなればククルの方が圧倒的に強いし、シリウスがどうこう出来る物ではない。
だが世界はただ強いだけで回るほど、都合良くはないのだ。
シリウスは大人で、子どもでは出来ないことが出来る。
多くの人に助けて貰うことも出来るし、彼女のために出来ることもたくさんあるはず。
「きっとこの子には、これから多くの悪意が近づいてくるんだろうけど、大丈夫」
――俺が絶対に、守るから。
そう思いながら、ククルの寝るベッドに一緒に入り、そして彼女の頭を撫でながら意識が遠ざかっていくのであった。
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