第39話
翌朝。
目が覚めると、二つの青い宝石のような目がじっとこちらを見ていた。
どうやら自分の身体に跨がって、寝顔を見ていたらしい。
他にもお腹になにか温かい物が乗っているので、恐らくヤムカカンだろうとわかった。
「……おはようククル」
「うん。おはよう、お父さん」
「起きるから、ちょっと退いて貰っても良いかな?」
ククルはその場から飛び退くと、ヤムカカンも同じように退いた。
そうして身体を起こすと、すでに太陽はかなり高い位置にあって、だいぶ寝過ごしたのだとわかった。
「そろそろ起きないと、向かえが来ちゃうから」
「みたいだね。うん、寝過ぎた……」
親子の手続きなど諸々のことはアリアが色々と根回しをしてくれることになったのだが、その前にまず領主であるスカーレット侯爵に事情説明が先だと言われていた。
それはそうだろうとシリウスも納得し、今日の午後から会談の席が設けられている。
――そんな、ただの冒険者がすぐに会える身分の人じゃないはずなんだけどなぁ。
水浴び場で顔を洗いながら、それだけ緊急の状況なのだというのはわかる。
アリアの義父であるスカーレット侯爵には何度か会ったことがあったが、かなり厳格な性格をしていて実は少しだけ苦手だった。
それでもククルのことをきちんと認めて貰わないといけない以上、避けては通れない人だ。
「よし!」
顔を拭き、寝起きのボサボサだった髪も整えた。
クローゼットの中には自分の服が少しと、あとククルの服がやたらと多い。
マリーがどこからか貰ってきたものだ。
冒険者なので正装などは持っていないが、それでも持っている中で一番綺麗な服に着替える。
「ククルはどれにする?」
「貴族様のところに行くんだよね」
「うん。アリアはあんまり気にしなくてもいいって言うけど、まあそういう訳にはいかないからね」
なにせ相手は侯爵だ。
この国では王族、そして王族と血縁関係にある公爵を除けば、間違いなくトップの貴族。
ただの冒険者でしかないシリウスからすれば、天上人と言っても過言ではない。
「うーん……じゃあこれにする」
そうして選んだのは、少しフリルの付いた子どもっぽいドレス。
なんともマリーが好きそうな服で、銀髪に青い瞳のククルが着るとお人形さんと言われそうな格好だ。
「ねえお父さん。似合ってるかな?」
「ククルが着たらなんでも似合うよ」
「……そういうところだよねきっと」
笑顔でそう答えると、ククルはちょっと照れた様子で顔を背けてしまう。
そうして小さな赤いリボンを見つけると、なにかを思いついたのかヤムカカンに近づいて抱きしめる。
「これをこうして……出来た」
「ぐるぅ?」
白と黒の模様をしたヤムカカンの首に、赤いリボンが巻かれている。
見た目と相まって、なんとなく愛らしさが増していた。
「これなら誰にも怖がられないよ」
「そうだね」
元々人なつっこいというか、人の言葉も理解してるくらい賢い子なので襲うことは無いのだが、それでも知らない人から見たら噛むかもしれないと思うだろう。
だがリボンが付いていることで、それも緩和される気がする。
「それじゃあ準備も出来たし、そろそろ――」
「シリウスちゃーん! お迎えが来たわよー」
階下からマリーの声が聞こえてきて、外に出る。
するとそこにはスカーレット侯爵家の文様が入った馬車が宿の前に止められていて、見覚えのある騎士が笑顔を浮かべて控えていた。
城塞都市ガーランドの北地区。
そこに貴族や大商人といった面々が住む住宅街がある。
煌びやかで大きな邸宅が並んだ道を通り、そのまま一番大きな屋敷へ案内された。
「ふ、ふかふかだ……」
「そうだね」
大きなソファに身体を埋めた状態のククルは、少し緊張した様子。
それはシリウスも同じ事で、何度か来たことがあるが、それでも流石に緊張してしまう。
なにも感じていないのは、あちこち興味深そうに見ているヤムカカンくらいか。
「シリウス、ククル、それにヤムカカン。よく来てくれたな」
普段の騎士姿とは異なる、貴族令嬢らしからぬ装飾の少ない細身のドレスに身を纏った彼女は、シリウスたちの前に座る。
少し目つきが鋭いとはいえ、花のような笑顔といい、女性らしい柔らかい立ち振る舞いといい、とても美しい。
彼女を見て、元々孤児だったと思える者がどれほどいられるか。
それほどまでに、アリア・スカーレットという少女は貴族令嬢だった。
隣に座るククルなど、見惚れたようにボーと彼女を見ている。
「アリア様。本日はお招き頂き――」
「そんな堅苦しくしないでくれ。呼び出したのはこちらだからな」
立ち上がり礼を尽くそうとしたが、やはりそこはアリアというべきか、シリウスには普段通りを求めてきた。
「ワカ村の件だが、我が騎士団はもちろん、ワカ村の人たちにも箝口令は敷いた。これでククルの情報が外に漏れることはないはずだ」
「良かった……」
シリウスたちが村から出てくるとき、ワカ村を覆っていた壁は元に戻してしまった。
というのも、スカーレット侯爵家はともかく他領の貴族にククルの存在を知られないためだ。
行商人などによって噂にはなっているかもしれないが、実物がなければただの噂で終わるだろう、というのがアリアの言だ。
「ワカ村の人たち、壁が無くなって不安に思わないかな」
「ククル……」
あの壁があれば、ワカ村の人たちはもうヤムカカンの森から出てくる魔物に怯える必要が無い。
もちろん無くす前に村人たちには説明をして受け入れてもらったが、それでも不安は残るだろう。
「あれは元々なかったものだ。それにヤムカカンの森の異常事態。あれもあって騎士団も派遣するし、しばらくは調査のために常駐もさせる。他の村に比べたら、遙かに安全さ」
「そっか」
アリアの言葉に、ククルはホッとした様子を見せる。
「さて、あとの問題は――」
「そこの少女が、お前の言っていた子どもか、アリア」
アリアが言葉を紡ごうとした瞬間、応接間の扉が開いて一人の男性が現れた。
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