第6話

「い、一斉にかかれー!」

「「うおおおお!」」


 十人の騎士たちが一斉に襲いかかってくる。


 だが今のシリウスから見れば、その動きはあまりに緩慢だ。

 一人、また一人と素手のまま殴り飛ばしてしまう。


 残ったのは、最初に馬鹿にしてきた騎士のみ。


「は、はぁぁぁ⁉ なんだよお前⁉ なんで急に――」

「俺もわからないですけど……もしかしたら神様が守ってくれてるのかも」


 実際、シリウスは今自分の身になにが起きているのか理解出来ていない。

 ただ、凄い力を手に入れたということだけはわかった。


「とりあえず、今日のところは諦めてもらえたら――」

「ふ、ふざけんな! 俺たちはエルバルド王国の騎士だぞ! テメェみたいな冒険者崩れに負けるわけねぇだろうがぁ!」


 騎士は話を聞こうとせず、剣を振りかぶって襲いかかってくる。

 

 冒険者として、なにより騎士の国の人間として、攻撃してくる相手には反撃すべし。

 それは『お人好し』と言われるシリウスですら、幼い頃からたたき込まれていた常識だった。


 反射的に腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。


「がはぁ⁉」


 騎士は悶絶し、残ったのは馬上にいるグルコーザだけ。

 そこでシリウスは一度止まり、冷静になる。


 ――どうしよう……。


 咄嗟に反撃をしてしまったが、実際このあとどうするべきかを悩んでしまう。


 リリーナを連れ去らせるつもりはないが、とはいえ積極的に貴族に逆らうつもりもなかった。

 ここからどうするべきか、ただの一般人でしかないシリウスは頭を悩ませてしまう。


「な、ななな、なんだ貴様ぁ⁉ 私は貴族だぞぉ!」

「……あの、グルコーザ男爵」


 圧倒的なパワーを手に入れたのはわかったが、この力を使って脅そうとは思わない。


 出来るならお互い無傷で……そう思って今のうちに交渉が出来ればと、グルコーザに近づいて行く。


 今回は偶然手に入れた力だが、そもそもの発端から解決しないといけないと、そう思ったから。


「あ、あ、あ……⁉」


 シリウスには、グルコーザを傷つけようという意志はない。

 だがそんな想いは、当然ながらグルコーザには伝わらないもので――。


「わ、ワシの精鋭たちがぁ……」


 周囲には自慢の騎士たちが倒れて悶絶してる。

 人というのは不思議なものが、相手が弱いと思えば小さく見えるが、強さを見せられると異常に大きく見えるもの。


 ただの優男でしか無いと思っていたシリウスだが、グルコーザの視点では強大な力を持った魔物のように見えていた。

 実際シリウス本人は気付いていないが、膨大な魔力を纏った状態のため、グルコーザの見え方もある意味で間違ってはいない。

 

「リリーナのこと、諦めて――」

「ひいぃ! た、助けてくれぇぃ!」


 シリウスがお願いをしようと手を伸ばすと、グルコーザは騎士を置いていて逃げ出してしまった。


 のろのろと、彼の想いとは裏腹に馬は遅かったが……。


「えーと……」


 残されたシリウスは、困惑した。

 騎士たちのうめき声を聞いて、さすがに不味いと冷静になったところで腰に少女が抱きついてきた。


「シリウスさん!」

「おっと」

「うぅぅ! 怖かったよぉ」

「……そうだよね」


 身体を震わせ、泣きながら抱きついてくるリリーナに対して、シリウスはその頭を優しく撫でる。


 村人にとって逆らうことの出来ない貴族による強要。


 普通の人とは異なっていてるリリーナにとって、優しくしてくれる今の居場所が奪われるのは、とても恐ろしいことだっただろう。


 貴族に対してやってしまった感はあるが、それでもリリーナを助けられたことにホッとする。


 ――それにしても……・。


 脅威がなくなったからか、シリウスを包んでいた不思議な力はすでに失われている。

 あれが自分の実力でないことは、十年間も冒険者をしてきた彼にとって重々承知していること。


「一度、あの子と話してみないとなぁ」


 まるで夢幻のように消えてしまった、一人の少女について思いを馳せる。


 不安と悲しみが混ざり合った瞳は、忘れることは出来そうにない。


 だが今は、こうして泣いている少女を安心させるように、柔らかい耳の生えた頭を優しく撫でるだけだった。




 シリウスたちが村に戻ると、村長たちが喜んで迎え入れてくれた。


「ありがとう! リリーナを助けてくれて、本当にありがとう!」

「シリウスさんは村の英雄だ!」 


 騎士たちをなぎ倒す姿について、リリーナが熱く語ったことも原因の一つだろう。

 村人たちは英雄の凱旋のように、熱狂的に囲んで感謝を伝えてくる。


「あ、あの皆さん……ですが……」


 しかしそんな村人たちの熱量に比べて、シリウスは困惑するばかり。


 貴族というのはプライドが高い。

 そんな相手に恥をかかせてしまった以上、とても楽観的にはなれなかった。


「シリウス」

「スーリアさん」


 そんな中、落ち着いた表情のスーリアさんが前に出てくると、そのまま頭を下げる。


「孫を助けてくれて、本当にありがとう」

「……」


 他の村人たちとは違って、その声は熱はなくただ淡々としたもの。

 だが、だからこそ彼女の想いは伝わってきた。

 

 なんとなく、村人たちもその声色で熱が冷めたのか、浮かれた様子から一変して、静かになる。

 そして一人、また一人と丁寧に、頭を下げてくるのであった。


「はい」


 これから起きる可能性のことを考えて、楽観的にはいられない。


 だがそれでも、今は彼女たちの想いを受け取ることにした。

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