第11話

 その夜、ようやく離れたククルを寝かせ、シリウスはゆっくりと村を回る。

 特に意味のある行為ではなく、ただの気晴らしだ。


 村を見渡せば、あちこちで戦闘跡らしきものが残っていた。

 ただそれでも、誰も犠牲にならずに戦いを終えられて良かったとも思う。

 

「いろんな人に助けて貰っちゃったなあ」


 今回の件、シリウスは自分一人で解決することは不可能だと判断し、あちこちに助けを求めた。


 武力行使に対しては、すぐに動ける冒険者たちに。

 そしていざ権力で押さえつけられそうになったときのために、より上位の貴族であるアリアに声をかけた。


 おかげでワカ村には被害なく、ほぼ完璧な形で事態を収束することが出来たといえよう。

 あえて被害が大きかったところと言えば、冒険者たちだ。


「グラッドたちは結構怪我しちゃったけど……まああれは仕方ないか」


 城塞都市ガーランドの冒険者たちは強く、グルコーザの騎士たちとの戦闘では無傷だった。


 それでもグラッドたちが倒れていたのは、アリアのことをグルコーザの援軍と勘違いして襲いかかったからだ。

 事前にスカーレット家の騎士がやってくることを伝えていたのだが、戦闘で興奮状態だったために止まれなかったらしい。


 結果、返り討ちにあったが、これが普通の騎士であれば、グラッドの強さでは下手をすれば倒してしまうし、逆に相手も手加減が出来ずに殺されてしまっていたかもしれない。


 王国最強の騎士であるアリアだからこそ、誰も傷つけずに制圧が出来たのだ。


「相変わらずの強さだなぁ……ってあれ?」


 太陽が落ちれば村人は寝静まる。

 人工的な光がなく、ただ月と星の光だけを頼りに歩いていると、不意に人影が見えた。


「アリア?」

「ああシリウスか」


 穏やかに微笑む彼女は、昼間見た騎士たちのトップとは思えないほど柔らかい雰囲気。

 身に付けていた軽装備も外し、貴族の令嬢が月夜に照らされて歩く幻想的な風景が広がっている。


「どうしたこんな時間に?」

「いや、ちょっと眠れなくて歩いてたんだけど、君は?」

「私は……」


 彼女が見ていた先は、スーリアの家だった。

 ククルが魔術を暴発させたせいで中はボロボロとなり、今はリリーナと村長の家に行っていて空き家になっているはず。


「この魔力の残滓……」

「……」

「なあシリウス。あの少女はいったい何者だ?」


 家を見ていたアリアが、真剣な表情でシリウスを見つめる。

 シリウスとて、ククルがなにか特別な力を持っていることは理解していた。

 だからこそ、どこまで事情を話すべきか、と悩む。


「ちょっと歩こうか」


 頭の中を整理するために、そんな提案をする。

 アリアは頷き、隣にやってきた。


 そうして村をゆっくりと周りながら、ここ最近にあった出来事を語り始める。


「実は俺、死んでもおかしくない怪我をしたんだ」

「なに……?」


 もし自分にククルを守るだけの力があれば、きっと黙り込んだだろう。


 だがシリウスは、自分の力量はしっかり理解していた。

 そして同時に、アリアのことも信頼している。


 彼女ならきっと、ククルにどんな危険が迫っても守ることが出来るだろう。 

 それ故に、アリアにはここ数日の経緯をすべて話すことにした。


 森で強力な魔物と出会い、吹き飛ばしたこと。

 死んでもおかしくない大怪我を治してしまったこと。

 小さな身体で森からシリウスを運んだこと。


 そして、先ほどのグルコーザに捕まっていたときのこと。


「……危険だな」


 すべてを聞いたアリアは、一言ぽつりと零す。


「悪い子じゃないよ」

「そういうことではない。それほどの力を持っていながら、後ろ盾がなにもないことが問題なんだ」

「それは……」


 大陸には魔術という技術が広まっているが、この国ではそれほど浸透していない。


 理由は、騎士が強すぎるから。

 生まれ持った身体能力が魔術を上回り、戦場で猛威を振るい続けてきた結果、魔術というのは重要視されてこなかったのだ。


「とはいえ、そこまで規格外な力では話は変わってくる」

「やっぱり、おかしい?」

「異常だな」


 アリアの知る魔術は、せいぜいが火の玉を飛ばしたり、傷の治りを早くする程度。

 少なくとも、死にそうな怪我を癒やしたり、強大な力を持った魔物を吹き飛ばす力は無いと言う。


「そんな力があれば、我が国でも魔術の研究にもっと力を入れるさ」

「だよね」

「さて、どうするべきか……」 


 さすがのアリアも悩んでしまう。

 ククルの力が貴族にバレれば、間違いなくその力を我が物にしようとするだろう。


 特に騎士としての階級が低いものほど、喉から手が出るほどに欲するに違いない。


「あの子を巡って、争いになる……?」

「なるな。間違いなく」


 その結果、手に入れられないなら殺してしまえ、となってもおかしくない。

 アリアが聞いた話では、ククルは人に怯えて力を発揮出来ない状態らしいので、殺すのは難しくはないだろうと考える。


 現時点での判断で言えば、脅威度は低いとも言えた。

 だがもしその魔術を自由自在に操れるとすれば、それは……。


「……」


 シリウスのことを、アリアがじっと見つめる。

 そのうち、ため息を吐いた。


「なに?」

「いや、やはりあの子の力はしばらく隠しておくのが最善だろう、と思ってな」 

「やっぱりそうだよね」

「ああ。あとは誰が世話をするかだが……」


 貴族の家は論外。

 このワカ村も、すでにククルの力の一端を知ってしまっているため、あまりよろしくない。


 そうなると――。


「まあそれは、本人に聞いてみようよ。ガーランドにはアリアが育った教会もあるからね」

「……そうだな」


 ――あれだけ懐いていて、あの子が君から離れるとは思えないが……。


 と呟いたアリアの言葉は、シリウスには聞こえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る