第10話

 緋色の髪を靡かせた騎士――アリア・スカーレット。

 彼女は騎士の国エルバルド王国の上級騎士である。


 元々は孤児だったが、卓越した剣の才能を見初められてスカーレット侯爵家に引き取られて育てられることに。

 すぐに頭角を合わし、少女時代にはすでに騎士では歯が立たないほどの強さとなった。

 そして今では上位十二名だけしか名乗る事の出来ないラウンズに名を連ね、王国最強の一角として数えられている英傑である。


「来てくれた助かったよ」

「なに、シリウスのためなら王女の護衛すら断ってでも来るさ」

「あはは、相変わらずだけど、そういう冗談は誰かに聞かれたら大変だから止めておこうね」


 ――冗談ではないのだがなぁ。


 と小さく呟くアリアの言葉は、シリウスには聞こえなかった。


 なぜシリウスが侯爵令嬢であるアリアと知り合いかというと、彼女が孤児の時に住んでいた教会へよく依頼で行っていたから。

 今年で十八歳になるアリアより二歳年上の彼は、そこで兄のように慕われていた。

 

 実は、最初にアリアに剣を教えたのもシリウスだ。

 といっても、才能を見初めたとかではなく、たまたま彼女が剣に興味を示したので先輩冒険者として少し手ほどきをしただけ。


 ――本当に、偶然なんだよなぁ。


 凄まじい剣の才能だった。

 最初の半年でシリウスを超え、たまたま知り合ったスカーレット侯爵に話をしたら、トントン拍子に養子となり、今では史上最年少で最強の騎士の一人としてラウンズに入ってしまったほどだ。


 まさか偶然出会った少女がこんなことになるなんて、神ですら予想出来ないだろう。


「……お父さん、この人は味方?」


 ふと、腕の中からククルが問いかけてくる。

 泣き疲れて眠っていたのかと思ったが、どうやら起きていたらしい。

 当たり前のようにお父さんと呼ぶのは恐怖はまだ残っているからだろうし、その方が落ち着くのであれば好きにさせてあげればいいと思った。


「うん。アリアは信頼出来る人だよ」

「そっか……」


 ぽん、ぽん、と背中を叩いてあげると、そのリズムが気に入ったのか徐々にククルの身体から力が抜けていく。

 最後の抵抗のように、ぎゅっと首に回した手に力を入れて、そのまま寝入ってしまう。


「あ、寝ちゃったかな?」

「お父……さん? え、シリウス……君、その子、娘……? え?」

「ん?」 


 アリアが動揺した様子で目を回している。

 いったいどうしたのだろう? と思っていると不意に考え込んだ。


「いや、冷静になれ。大丈夫だ……シリウスの年齢を考えたら、あの子が本当の子どものはずがない……」


 いついかなるときでも騎士は冷静に状況分析しなければならないのだと、アリアは己に言い聞かせる。

 この国最強の騎士といて、すぐに言葉の意味を読み取り、現状と合わせて理解する。


「シリウスに嫁がいるわけではないから、大丈夫。大丈夫……大丈夫……」

「アリア?」

「つまり私が母親になればいいのだな!」

「なんの話⁉」


 テンパったアリアの言葉はまるで冷静ではなかった。


「隊長! グルコーザを含め、その一派すべてを捕らえました!」

「――っ⁉ そ、そうか! ならば副隊長はそのまま彼らを連れてガーランドへ向かえ。そして法に従い然るべき処置を!」

「は!」


 キビキビと、先ほどまでいたグルコーザの騎士とは比べものにならない練度で動く。

 よほど厳しい鍛錬をしてきたのか、一挙一動に隙がない。


 これが本物の騎士かぁ、とシリウスが関心していると指示を終えた副隊長が戻ってきた。


「隊長はせっかくシリウス殿と出会えたのですし、逢瀬でも重ねながらゆっくり戻って下さい」

「そ、そうか? あ、いや別に私はシリウスのことは友人だと思っているがそれ以上の感情など……」

「なんならその子にお母さんと呼ばれるまで粘ってみてもいいのではと愚行します!」

「貴様、全部聞いていたなぁ!」


 アリアが剣を抜くと同時に逃げ出す副隊長。

 それをケラケラと見て笑う騎士たち。

 先ほどまでの厳格な様子とは違い、ずいぶんと穏やかな空気だ。


 かつて騎士を目指したこともある身であるが、それでも厳格な様子よりこの雰囲気の方が心地が良かった。


「これもアリアの人徳かな」

「ち、違うぞシリウス! 普段はもっと厳しく律しているのだ! なのにあいつらと来たら……」

「隊長は今、シリウス殿の前では格好良く決めようとしていますが、プライベートはちょっと雑な部分が多いのです」

「あ、そうなんだ。そういえば教会でも妹たちによく怒られてたっけ」


 アリアとの付き合いが長いため、副隊長とも交流があるシリウスは彼の軽口に笑う。

 こっそりつまみ食いをしたり、布団を片付けなかったりして怒られていた記憶があるうちは、まだまだ子どものようにも思えた。


「シリウス、副隊長……ずいぶんと、楽しそうだなぁ?」

「ではシリウス殿、後のことは任せました。隊長は可愛い人なので、是非とも甘やかしてあげてください」

「副隊長!」


 それだけ言うと、副隊長はさっとその場から消えてしまう。

 完全に逃げ慣れた者の動きだ。


 その背を睨み付けるアリアだが、もう戻ってこないことを確認して一息吐く。


「……まったく」

「相変わらず、みんなに愛されてるようで良かったよ」

「あいつら、シリウスがいたら私が怒らないと思っているんだ」


 少し拗ねたような、年相応な雰囲気。

 これが王国最強の騎士とは、きっと誰も思わないだろう。


「さて、それではシリウス」


 とはいえ、仕事中のアリアは正しく騎士である。

 目を鋭くさせて、仕事モードに切り替えた。


「事情はおおよそ手紙で見たが、改めて詳しく聞かせて貰おうか」

「うん。それじゃあ村長と――」

「私も話をさせてもらおうか。なにせ大事な孫娘が奴隷にされそうになったんだからね」

「ええ、証人は多い方がいいのでお願いします」


 そうして、村長、スーリア、シリウスの三人は、アリアと共に村長宅へと向かう。

 両手でがっちりホールドしていて離れないククルを抱っこした状態で。

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