第9話
「まずは武器を捨てろぉ!」
「……」
言われたとおり、シリウスは持っていた剣を捨てる。
形勢逆転、とばかりにグルコーザは醜悪な笑みを浮かべた。
「ひっひっっひ。さぁて、どう嬲ってやろうかぁ……」
「いやぁ……」
ククルの首を押さえる腕に力が入ったらしく、彼女は苦しそうに涙を浮かべて恐怖に身体を震わせている。
瞳は焦点が合っておらず、どこか虚ろだ。
「たす、たすけて……」
ナイフを突きつけられ、首に一筋の血が流れる。
「いや!」
「ククル⁉」
「どぉやら貴様は、自分が痛めつけられるよりもぉ……」
さらに別の場所も薄く差し、少女の首からつらつらと赤い血が流れていく。
「こいつが痛めつけられる方が、いい顔しそうだなぁ!」
「いやぁ⁉ お父さん! 助けてお父さん! やだ、やだやだやだ!」
「ぬぅわ⁉ この、大人しくしろ!」
突然暴れ出したククルに、グルコーザが驚き、腕に力を入れる。
小さな身体は突然首を押さえられて喉の奥から空気が零れる嫌な音がし、さらにククルの頬をグルコーザが叩いた。
「っ――⁉ ひぅ……うえぇぇぇん! お父さん! おどうざぁん!」
ばたばたと、ククルがシリウスに向けて手を伸ばす。
シリウスのことが父親に見えている様子だ。
「ククル! 落ち着いて! 大丈夫だから」
「やぁぁぁ!」
まるで過去のトラウマが刺激されたように、もはやこれまで見た年齢に見合わない雰囲気は消え失せていた。
もはや言葉にならず、悲痛な様子でお父さん、助けてを繰り返す。
それと同時に、凄まじい魔力が彼女からあふれ出した。
「これは――⁉」
「ひぃっ! な、なんだぁ⁉」
荒れ狂う魔力の渦は家の中の備品を吹き飛ばし、止まらない。
グルコーザの手からはナイフが飛んでいくが、意地でもククルは離さないという執念か、彼自身は離れなかった。
「ククル!」
「いやぁ……! なんで私ばっかり! お母さん許して! お父さん、お父さんたすけて!」
暴風がシリウスを吹き飛ばしそうになるが、彼はその場で踏ん張る。
怯えているククルの姿があまりにも痛々しく、守らなければならないと思った。
だから――。
「大丈夫!」
「……え?」
突然の大声。
シリウスの言葉には何の根拠もなかったが、それでもその想いだけは伝えたかった。
驚き、魔力が止めたククルは、目を丸くしてシリウスを見ている。
同時に、ほんのわずかだがグルコーザの背後で影が動いた。
それがなになのか理解したシリウスは、彼らの注意を引きつけるように言葉を続ける。
「俺たちが、助けるから!」
「なぁにを――⁉」
ようやく収まった魔力の嵐に耐えたグルコーザは、シリウスの態度に苛立ちを覚えたのだろう。
表情が不快にゆがみ、シリウスを睨み付けてくる。
「ククルを――」
同時に、この場にいる人間の誰とも違う声が聞こえてきた。
それはグルコーザの背後、この家に居るリリーナのもので――。
「離せー!」
「グゲェッ――⁉」
勢いよく、背後から棒でグルコーザの頭を叩く。
鈍い打撃音とカエルが潰れたような声が混ざった音とともに、その手からククルが離れた。
「ククル!」
シリウスは勢いよく突き飛ばされたククルを受け止めると、優しく抱きしめる。
「うえぇぇぇん! 怖かったよぉ!」
「大丈夫、もう大丈夫だから」
子どもをあやすように背中をさすり、落ち着かせる。
腕の中で何度もお父さんと叫ぶ少女の身体は、とても小さい。
――この子は、特別な力を持っているのかもしれない。けど……
こうして泣く姿は、どこにでもいる五歳の少女だと思った。
「うぐぐ……おのれぇ……」
グルコーザが立ち上がり、憎々しげに三人を睨む。
「貴様ら、絶対に許さんぞぉ……この村ごと、必ず復讐してやるからなぁ!」
「あ、逃げた!」
「追いかけないと……」
「お父さん……行っちゃうの?」
「うぐっ――」
逃げたグルコーザを追いかけるために立ち上がろうとしたが、腕の中のククルが離れようとしない。
凄まじく庇護よくを誘う目で、今の精神的に不安そうなククルを置いていくことは出来そうになかった。
とはいえ、グルコーザをこのまま逃がしたら、本当に村ごと破壊させかねない雰囲気がある。
このまま逃げすわけにはいかない。
「一緒に行こっか」
ククルはなにも言わずに抱きついてくる。
それを了承とと取ったシリウスが抱き上げて、家の外に出た。
外はすでに争いも終わっているのか、静かだ。
グラッドたちがあの落ちぶれた騎士たちに負けるとは思えないので、勝利した後だろう。
グルコーザの顔はもう外の冒険者たちも把握しているため、逃げられることはない。
「でも、静かすぎる……」
村の中心に戻っていくと、その原因がわかった。
グルコーザの連れてきた騎士たちは全員、冒険者たちによって倒されたのか地面に転がっている。
だが同時に、グラッドたち冒険者もまた、地面に倒れていた。
「グラッド――⁉」
そんな彼らの前には、緋色の長い髪に上位騎士の証である王家の紋章の入ったマントを着けた美しい女性。
彼女の後ろには、十の騎士が並んでいるが、そのすべてが上位騎士。
グルコーザの連れてきたごろつきとは違う、騎士の国エルバルドの最精鋭だった。
「ど、どうしようシリウスさん!」
頼みの綱の冒険者が全滅し、リリーナは焦った様子を見せる。
だが対象的に、シリウスはホッとした顔をしていた。
「……間に合ってくれたか」
「シリウスさん?」
女性騎士に縋っていたグルコーザが、シリウスに気付いて立ち上がる。
「あ、あいつです! やつが首謀者のシリウスです!」
「そうですか……」
まるで百万の援軍を手に入れた、と言わんばかりに強気な姿勢。
女性騎士はシリウスと目が合い、そして――。
「ふ、ははははスカーレット様! よろしくお願いぶへぇ――⁉」
グルコーザを蹴り飛ばした。
「こいつがこの村を襲った首謀者らしい。これまでの横領分だけではないだろうから、徹底的に口を割らせろ」
「はっ――!」
スカーレットと呼ばれた女性騎士の指示を受けた騎士たちが、規律のある動きでグルコーザたちを捕らえていく。
それを横目に、緋色の髪をした女性はゆっくりとシリウスに近づいてくる。
「久しぶりだなシリウス」
「うん。アリアが来てくれた助かったよ」
二人は微笑み、旧友の再会を喜びあうのであった。
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