第8話

 それから一週間後、グルコーザ男爵が再びやってきた。


「冒険者シリウスはいるかぁ!」


 喉の潰れたような鈍い怒号がワカ村に響く。 


 男爵は国から認められた正式な貴族であり、当然ながら権力もある存在だ。

 彼の背後には以前はいなかった正規の軍勢がずらりと並び「、威圧してくる。


 その数、実に五十。

 すべてが騎士で構成されたそれは、一貴族の護衛どころか、小さな村など簡単に滅ぼせる兵力だった。


「村ごと燃やされたくなければ、出てこぉいぃ」


 グルコーザはとても国を守る貴族の言葉とは思えない脅しを堂々と言う。


 その言葉に村人たちが恐れるような、恐怖に顔を引き攣らせたことに、彼はまだ気付いていない。

 ただ己の欲望のままに、復讐心を満たす為だけにシリウスを呼びつけた。


「お止め下さい! グルコーザ男爵!」

「ぐふふ、出てきたなぁ……」


 シリウスが前に出ると、グルコーザはニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべた。

 これからの出来事にに期待しているようだ。


 ざわざわと、村人たちが家の窓から様子を見ている。

 元々外にいた者たちは、遠巻きに、しかし近寄らないようにしていた。


「村人どもも出てきてこっちに来ぉい!」


 平民にとって貴族の命令は絶対。

 シリウスと馬上のグルコーザ、二人を中心に村人と騎士団が対峙するように並ぶことになった。


「先日と違って、ずぅいぶんと素直じゃないかぁ」

「貴族であるグルコーザ様に対する無礼を働いたこと、大変申し訳なく思っています」

「はぁん?」

 

 シリウスはすぐに謝罪するが、残念ながらそのような言葉が通用する相手ではない。


「謝れば許すとでも思っているのかぁ?」


 馬鹿にするような仕草を見せたあと、懐から鞭を取り出し、地面を叩く。

 鋭い音とともに地面がわずかに切れ、その鋭さをあらわにした。


「ばぁか! 私に逆らった者はぜぇったいに許さぁん!」

「っ――⁉」

「貴様も、この村の愚かどもも、私に逆らったらどうなるかわからせてやるぅ!」


 グルコーザの号令に合わせて、背後の騎士たちが抜刀する。


 彼らの瞳は濁り、とても清廉たる騎士とは思えない立ち居振る舞い。

 もし鎧を着ていなければ、騎士剣を持っていなければ、山賊と言われてもおかしくない在り方だった。


「行けぇ! 男は鉱山奴隷に! 若い女は好きにしろぉ!」

「「「おおお!」」」


 そうして飛び出した騎士たち。


 あまりにも理不尽な出来事。

 本来であればこれで、エルバルド王国にある小さな村は滅んでしまうはずだった。


 だが――。


「うわぁ!」

「なっ――⁉」


 村人の格好をした者たちが、騎士たちを纏めて殴り飛ばしたからだ。

 

「おいおいシリウス、話には聞いてたがあんまりじゃねぇか」


 呆れたように、毛のない頭をかきながら騎士に立ち塞がる男の名はグラッド。


 城塞都市ガーランドに住むA級冒険者であり、シリウスの友人だ。

 そしてワカ村にやってきていたのはグラッドだけではない。


「まさか貴族と騎士がここまで腐ってるとは……さすがにこれは、見過ごせねぇなぁ……」

「シリウスの手紙じゃなかったら、誰も信じなかっただろうぜ」

「ったく、俺はこれからサリーちゃんと遊ぶ予定だったのによ」

「お前、飼ってる犬と遊ぶのくらいちょっと我慢しろって」


 ぞろぞろと、村の家々から出てくるのは、ガーランドの冒険者たち。

 騎士団の五十人と、そう変わらない人数が集まっていた。


「な、な、な……」

「こ、これは……?」

「なんだこれはぁ!」


 馬上のグルコーザと騎士たちは、なにが起きているのか分からず動揺する。


「いくぞおら! 俺たちは騎士様と違って、行儀良くねぇからなぁ!」

「「おおおおおお!」」


 その間に冒険者たちは次々と、武装した騎士たちに襲いかかった。


「おらぁ!」

「ぼ、冒険者無勢が調子に乗るんじゃ――」

「死ねやゴラァ!」

「うごっ――⁉」

 

 騎士というのは常に自らを律し、鍛錬を続ける者である。

 だがグルコーザの騎士たちは自堕落を続け、権力を行使して金品や女などを得ることを覚え、まともな鍛錬はしていなかった。


 それに比べて、才能や品位がなかろうと、普段から命を賭けて戦い続けている冒険者たち。

 たとえエルバルド王国が騎士の国と呼ばれようと、その力の差は歴然であった。

 

「ば、馬鹿なぁ⁉ なぜ、こんなことにぃ!」


 次々と倒れていく騎士団。

 暴れ、取り押さえているのは山賊と間違えられそうなほど粗暴な者たち。


 あり得てはならない光景に、グルコーザは悪夢を見たような表情をする。


「グルコーザ様」

「き、貴様! シリウスゥ!」

「俺みたいなただの平民が、貴族様の邪魔をしたことは申し訳ありませんでした」


 乱戦の最中、目の前まで現れて謝罪するシリウスに、一瞬目を丸くする。


「ですが――貴方は守るべき村人を傷つけ、壊そうとした。それは決して許されるべきことではありません。どうかこの辺で……」

「ひ、ひぃ!」


 シリウスは出来るだけ穏便に説得しようと近づくと、グルコーザが大慌てで馬を蹴る。

 自分を殺そうとしているのだと、勘違いをしたのだ。


「ぐっ! おわぁぁ⁉」


 しかし余りに突然の行動で馬は驚き、身体を上げてしまう。

 そのせいで地面に落ちた丸い身体。


「ひ、ひ、ひぃ!」


 グルコーザは痛みに耐えながら、必死に冒険者と騎士たちが戦う乱戦の中に逃げていく。


「あ、待ってください!」


 シリウスは必死に走るグルコーザを追いかける。

 決して殺そうとなど思っておらず、然るべきところできちんと反省して貰えればそれで良かった。


「く、来るなー!」

「そこは⁉」


 しかし錯乱したグルコーザが近くの家に入り、シリウスが焦る。

 そこは、ククルとリリーナが隠れている、スーリアの家だったからだ。


 嫌な予感がして、慌てて家に飛び込むと――。

 

「う、動くんじゃないぞぉ!」

「っ――ククル⁉」


 追いかけると、予想通りの最悪な光景。


 ククルの首を押さえたグルコーザが、その喉にナイフを当てている。


 目は血走り、もはや正気を保っていないのではないか、と思うほどの状態だ。


 対して人質にされたククルは、普段の様子とは変わり、怯えた様子で身体を震わせていた。


「う、動いたらこの小娘の命は、ないからな!」

「ひっ――⁉」


 ククルの首元にナイフが刺さり、わずかに血が流れる。


「ククル⁉ グルコーザ様! お止めて下さい!」

「ばぁか! それは貴様の態度次第だろぉがぁ!」


 もはや貴族としての矜持など、どこにもないのだろう。

 グルコーザの頭の中にはシリウスを陥れるかということしかない。


 状況は。最悪だった。

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