第17話
どこがとは言わないが、大きい。あと美人で多分堕とされた後だ。
というのがエレンを初めて見たククルの感想だった。
「お帰りなさいシリウスさん」
「ただいま、エレンさん。相変わらずここは騒がしくて楽しいね」
シリウスの言葉に困ったような笑みを浮かべたエレンは、彼と手を繋いでいる少女を見る。
「その子が報告にあった少女ですね」
「ククル、挨拶出来る?」
「……ククル、です」
「はい、私はエレンです」
警戒しているククルに対して、エレンは受付嬢らしく柔和な笑みを浮かべる。
先に戻ったグラッドたちによってククルの存在は伝わっていたので、エレンはきちんと事情を把握していた。
「身寄りがないのであれば、教会に預けることになりそうですね」
「うん。とりあえず明日、行ってみるつもり」
「え? あ……」
「ん?」
シリウスの言葉に、ククルは自分が声を出したのだと気付いて手を抑える。
彼女自身、覚悟を決めていたはずなのだが、思わず出てしまったのだ。
――シリウスさんにこれ以上、迷惑をかけちゃ駄目だもんね……。
ククルの内心として、教会に預けられるというのは、とても不安なことだった。
シリウスの知っている場所で、アリアが育った場所なのだからきっと良いところなんだろう。
そう言い聞かせてきたが、知らない世界に来て、知らない人たちに囲まれるのを良しと出来るほど、ククルのメンタルは強くなかった。
「え、へへへ……」
「……」
「……」
ククルは心配かけまいと乾いた笑みを浮かべる。
しかしそれは、シリウスやエレンから見たら子どもが思いきり我慢しているようにしか見えず、痛々しい姿だった。
「あの、シリウスさん……もう少し一緒にいてあげたらどうですか?」
さすがに可愛そうだと、エレンがすかさずフォローを入れる。
「でも、俺は冒険者だし……一緒にいられる時間もあんまり取れないから……」
「大丈夫ですよ。魔物退治以外にも、この街にはシリウスさんに依頼したい人は山ほどいますし、いざとなったらギルドで預かりますから」
「……」
シリウスは思わずククルを見る。
どこか期待するような、同時にそれを表に出さないようにしないといけないと、我慢するような表情。
――まだ、子どもだもんな……。
シリウスは思わず自分の両親を亡くしたときのことを思い出す。
たった一人残された家に座り込み、誰も信じられなかった。
ギルドの計らいで教会に入れて貰うことも出来たが、それよりも冒険者として一人で生き抜くことを決めた。
誰かに頼りたくない、という気持ちもあったが、それ以上に――。
――怖かったんだよな……。
シリウスはククルと目線を合わせるように、その場にしゃがみ込む。
「……ククル」
「だ、大丈夫。私、ちゃんと教会に行っても良い子にするから――」
「もし君が嫌じゃなかったら……俺ともうしばらく一緒にいよう」
「っ――⁉」
シリウスがはっきりそう言うと、ククルは引き攣っていた笑みを驚愕に変える。
そして一度顔を伏せたあと、ゆっくりとシリウスを見るために上げた。
「……一緒でも、いいの?」
「うん。あんまり贅沢とかはさせて上げられないけどね」
その瞬間、ククルはシリウスに抱きつく。
それが返事だと理解し、そのまま抱き返した。
しばらくそうしていた二人だが、周囲の目があることに気付いたククルが恥ずかしがって離れた。
本人は意図していないだろうが、それが妙に子どもらしく、愛らしい。
「良かったわねククルちゃん」
「……エレンさん」
カウンターから出てきたエレンが、先ほどシリウスがしたように、母性溢れる笑みでククルと向き合う。
「……もし寂しかったら、私のことはお母さんって呼んでも良いのよ?」
「シリウスさんがいるから寂しくないし大丈夫!」
ククルはエレンから顔を逸らし、シリウスの背後に隠れてしまう。
――ま、まだ焦るタイミングじゃないから。これから仲良くなっていけばいいのよ。
お母さん呼びを拒否されたエレンはショックを受けている様子でそう呟いた。
アリアもそうだが、ククルには保護欲を駆り立てるなにかがあるのだろうか? と思ってしまう。
――二人には悪いけど……。
自分のことを一番に信頼してくれているのは、素直に嬉しく、つい笑みが零れてしまう。
「ねえシリウスさん。エレンさんのこと好き?」
「っ――⁉」
突然の言葉に、エレンが驚いたように見る。
そしてすぐに、シリウスのことを伺うような表情をし、そんなことに気付いていないシリウスはというと――。
「うん、好きだよ」
「ほ、本当に⁉ 実は私も――」
「優しくてお姉さんみたいに思ってるんだ」
「好――ん、んん!」
一瞬焦ったエレンだが、彼が自身に恋愛感情を抱いていないことがわかって言葉を止める。
そんなことには気付かず、ククルに優しい表情を向けた。
「だからククルもあんまり警戒しないで大丈夫だからね」
「なるほど……」
「ククル?」
「うん、わかった。エレンさん、これからもお願いします」
天使のような笑顔を見せるのは、まだ彼女がシリウスの女でないとわかったから。
それを同じ女として理解したエレンは、若干引き攣りながらも笑みを返した。
――まったく、この人は……。
この誰よりも優しく自分に笑ってくれる男性は、どうにも人が良すぎる。
別に自分はシリウスのお嫁さんになりたいわけでもないし、アリアにしてもエレンにしても、認めないと思っているわけではない。
シリウスが幸せになるなら、誰と恋仲になっても構わないとすら思っていた。
――だけど、この人が幸せになれる人かどうかは、しっかり見極めないと。
すでにファザコンのようになっている自覚のない少女は、内心でそう決意していた。
そう、シリウスは優しすぎるから、これから出会う人に騙されてしまうかもしれないので、そこは自分が守るのだと意気込んでいるだけなのである。
「ところでエレンさん、さっきなにか言いかけてませんでしたか?」
「ううん。私もシリウスさんのことは弟みたいに思ってるし奇遇ね、って言おうと思っただけよ」
「そうですか!」
心の中で涙を流しているエレンだが、反対にシリウスは嬉しそうな表情。
さすがのククルも、これには少しだけ同情した。
――とりあえず、この人はあり寄りにしておこうかな。
今のところアリアの方が上だけど、と心の中で付け加えて――。
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