お人好し冒険者、転生少女を拾いました 大賢者の加護付き少女とのんびり幸せに暮らします
平成オワリ
プロローグ
――強く、誇り高く、優しき心を持って弱者を助け、民の模範となれ。
それが大陸で騎士の国と謳われる、エルバルド王国の在り方である。
騎士団の精強さと清廉たる騎士道を見せるその姿は、あらゆる国家が敬意を抱く。
そしてエルバルド王国の男は必ず一度、騎士になることを夢見て剣を握ると言われていた。
もっとも、すべての人間が騎士になれるわけではなく、その在り方から外れた者たちも当然いて――。
エルバルド王国の西部地方に存在する城塞都市ガーランド。
魔物溢れる大陸西部と隣接する、最強の騎士団と『騎士になれなかった』冒険者たちが集った、難攻不落の大都市だ。
冒険者ギルドでは住民からの依頼を受け付けており、そんな依頼を解決していくのが冒険者の仕事だった。
「なんだディーン! テメェ俺とやるってのか!」
「はっ! やってやろうじゃねぇか! でかい図体で脅せばなんとかなると思ってるその脳みそ、かち割ってやんよ!」
紳士的からほど遠い、粗暴で野太い声が広い酒場に響き渡る。
ギルドに併設されたそこでは、酔っ払いたちが喧嘩に酒に賭けにと騒いでいた。
「オッズはこんな感じだぜぇ! 参加するなら今のうちぃ!」
「俺はグラッドに銀貨一枚!」
「じゃあ俺は大穴のディーンに賭けるぜ! 銅貨一枚だ!」
「おいこら誰が大穴だ! しかも銅貨一枚とか……こいつが終わったらテメェをぶっ殺してやるからな!」
依頼が無ければならず者、などと揶揄されるのが冒険者という職業でもあり、そう言われても仕方が無い光景が広がっている。
騎士になれなかった腕自慢が冒険者となるのはよくあることで、試験に落ちた原因の半分は性格に難アリと判断されたからだ。
「ただいまー」
冒険者たちの下品な笑い声が辺りに響き続ける中、少し癖のある黒髪の青年が外から扉を開いて入ってきた。
この街に住むC級冒険者で、シリウスという二十歳の青年だ。
「相変わらずだなぁ」
クエストを達成したので報告に帰ってきたのだが、いつも通りの野次馬の声と、今にも暴れそうな冒険者たちに苦笑する。
冒険者はだいたい自分の馴染みの受付嬢のところに報告に行くもので、シリウスにもここ数年、自分の面倒を見てくれている受付嬢がいるのでそちらの方へ。
「あ、シリウスさん。お帰りなさい」
「ただいまエレンさん」
蒼髪をサイドにくくった女性が、シリウスを見つけて嬉しそうに笑いかけてくれた。
受付嬢は総じて美人が多いが、その中でも特に際立った美しさだ。
彼女は受付の前に立つシリウスを上から下まで見て、ホッとした表情を作る。
「怪我無く帰ってきてくれて良かったです」
「うん。今回は慣れた仕事だったからね」
性格は優しく、スタイルも良い、男の理想を詰め込んだような女性。
王国の騎士にも求婚されたことがある、とシリウスは聞いたことがあった。
――でも、断ったんだよなぁ。
彼女にはなにか拘りがあるらしく、独身を貫いている。
長い付き合いであるし正直気になるが、女性に結婚について聞くのは良くないと思ったシリウスは、未だにその理由を知らなかった。
「シリウスさん?」
「あ、ごめんね。これ、依頼されてたグレイボアの毛皮」
シリウスはいつものように、袋から取り出した毛皮を五枚渡す。
グレイボアはイノシシを凶暴にしたのような魔物で、涼しくなると餌を求めて人里に大量発生する魔物だ。
その毛皮は温かく、冬の寒さから身を守るために需要が高い。
この時期に出来るだけ狩っておき、寒い冬に備えるのがエルバルド王国の常識だった。
「いつも通り丁寧なお仕事ですね。これならまた、追加ボーナス出ちゃいますよ」
「いいの? なんか俺ばっかり貰ってる気がするけど……」
「冒険者の中でここまで綺麗な状態の毛皮を持って来れる人は、ガーランドにはいませんから」
ちらっとエレンが酒場を見ると、豪快に騒いでいる冒険者たち。
どう考えても、繊細な作業に向いていなさそうだ。
グレイボア狩りはC級の中でも報酬がいいので、シリウスもこの時期はよく依頼を受けている。
おかげさまで収入に不安はなく貯金も出来ているが、こんな風に毎回ボーナスを貰っていては、他の冒険者たちからも不満の声が出てしまうのでは、と少し気になった。
「みんなから恨まれそうだなぁ」
「……まったく、相変わらずですねぇ」
「ん? エレンさんどうしたの?」
なぜか苦笑するエレンを見て、シリウスは変なことを言ったつもりはないのに、と疑問を覚える。
「この街にシリウスさんを恨む人はいないかなぁと」
「まあたしかに良い人ばっかだけど、それでも自分以外の冒険者が贔屓されたら色々と思うでしょ」
「贔屓されるなら、される理由がちゃんとあるんですよー」
エレンは少しからかうような言い方をしながら、シリウスの頬に指を当てる。
十年冒険者をしているシリウスの方が、エレンよりも業界のキャリアは長い。
しかし年齢が二つ上の彼女は、たまにシリウスのことを弟とでも思っているような態度を取るのだ。
幼いときに両親を亡くし、早くに冒険者になったシリウスは、ギルドの人間に対して家族に近い感情を抱いている。
エレンのことも姉のように思っているのだが、だからといって二十歳にもなってこのような扱いは恥ずかしい。
それに冒険者の中でも人気が高い彼女が、こうした態度を取るのはシリウスにだけ。
ゆえに、荒くれ者の冒険者たちに見られたら嫉妬で睨まれる、と思って彼女の指から逃げ出した。
「あ、もう……」
「エレンさん、そういうのはちゃんと好きな人にした方がいいよ」
そう言った瞬間、エレンの表情が若干強ばる。
しかしシリウスが理由を問いかけるより早く、いつもの笑顔に戻ってしまった。
「あの……今のは?」
「なんでもありませんよ」
「……でも」
「なんでもありません」
明らかに不自然だが、彼女はそれについて答えるつもりはないらしい。
受付嬢らしい、完璧な笑顔で追求を封鎖されてしまった。
「そんなことよりシリウスさん。良ければこの後一緒にご飯でも――」
「よぉシリウス聞こえたぜ! テメェまたボーナス出たみたいだな!」
エレンの言葉を遮るように、大きな声がギルドに響き渡る。
声の方を見れば、スキンヘッドの巨漢がニヤニヤと嗤いながらシリウスに近寄ってきた。
先ほど前酒場の方で暴れていた片割れ、グラッドと呼ばれていた男だ。
見れば喧嘩相手であるディーンは完全の伸びていて、彼に負けたらしい。
――まあ、グラッドはA級冒険者だし。
騎士ならともかく、この街で彼に勝てる冒険者をシリウスは一人しか知らない。
もちろん、十年冒険者をやってC級止まりの自分では一生勝てる相手ではないから、喧嘩をしようなんて思うはずがなかった。
「へっへっへ。相変わらずテメェは景気が良さそうじゃねぇか」
グラッドは嫌らしい目つきでシリウスの前に立つと、いきなりヘッドロックを仕掛け――。
「やっぱテメェは凄ぇなぁ!」
「うわっ⁉」
そのまま頭をわしわしと、乱暴に撫でてきた。
「グレイボアって狩るのは難しくねぇけど皮が厚くてナイフも通りにくいだろ! どうやったらこんなに綺麗に剥ぎ取れんだよ⁉」
「ちょ! 微妙に痛いんだけど⁉」
声は明るく、シリウスのやったことを我が事のように喜ぶグラッド。
それ自体は嬉しいが、このままだと呼吸が出来ないので、太い腕を何度も叩いてギブアップを伝える。
「おっと」
意図に気付いて解放してくれたが、中々酷い目に遭ったとジト目でグラッドを見る。
「ああ、苦しかった……」
「悪い悪い」
まるで悪いと思っていない、親しみのある笑顔。
この程度でシリウスが怒らないことを、グラッドはよく知っていたからこその態度である。
「シリウスさんは、たまには怒ったら良いと思いますよ」
換金の間は手持ち無沙汰なエレンが、少し拗ねたように言う。
その言葉に対してシリウスは苦笑で返した。
「いやぁ……なんか怒るのってなんか苦手でさ」
「ま、まあ……そんなシリウスさんが私は――」
「そんな態度だから、お人好し冒険者なんて呼ばれるんじゃねぇか!」
「いたっ――⁉」
なにかを言おうとしたエレンの言葉を遮って、グラッドが背中を叩きながら笑う。
――お人好し冒険者。
それはこの城塞都市ガーランドにおける、シリウスの呼び名だ。
素行の問題で騎士になれなかった冒険者たちは、粗暴で自己中心な者がほとんど。
そんな冒険者たちの中で、他者を気遣うシリウスは珍しかった。
「普通にしてるだけなんだけど……」
「その普通に感謝してる奴らが多いってことだ!」
人の親切にする、というのは簡単ではない。
上辺だけでなく行動出来るシリウスを、グラッドを含めて多くの冒険者たちは信頼するようになっていた。
「あ、そういえばグラッド、また子どもが生まれたんだってね。四人目だっけ?」
「今度は双子だから五人だな!」
「そうなんだ! おめでとう!」
「へへ……これも全部、お前のおかげだぜ!」
その言葉にシリウスは首を横に振る。
たしかに、グラッドの奥さんが産気づいたとき、たまたま近くにいたのはシリウスだった。
慌てて彼女を近くに治癒院まで連れて行き、一人目の子どもが生まれるまで応援し続けたのも良い思い出だ。
しかし、それが自分のおかげだと思うのは違うだろ。
「あのとき頑張ったのは、グラッドの奥さんだよ」
「……相変わらず、お前はそう言うよなぁ」
もしシリウスがいなかったら最愛の女性を失い、今の子どもたちもみんな生まれていなかったと思っていただろう。
グラッドは、今の幸せがあるのはシリウスのおかげだと本気で思っていた。
だからこそ、シリウスには幸せになって欲しいと思い、兄貴分のような立ち位置で見守っている。
「あ、そうだ。せっかくだからお祝いさせてよ。ちょうどボーナスも入る……し?」
シリウスがお金を受け取ろうと受付の方を見ると、エレンがこちらを睨んでいた。
いったい……? と思っていると換金が終わり報酬の入った袋をドンッと置く。
「え、エレンさん……?」
「どうぞ、こちらでぜひとも楽しんできてくださいね。私は参加出来ませんけど!」
エレンはにっこりと、しかしそこには威嚇の意味が込められた笑みを浮かべている。
なにか自分がしたのだろうか? と思って理由を聞こうとすると、肩を掴まれた。
「おいシリウス。ありゃ駄目だ。うちのかみさんと同じ目をしてやがる。冒険者は命あっての物種……これ以上突っ込んじゃいけねぇ」
まるで命がけでドラゴンの巣に向かう冒険者を止めるような、緊迫した様子のグラッド。
大先輩であり、自分より実力も遙かに上である彼の言葉に、シリウスは素直に従うことにする。
「行くぞ」
「うん……」
そうして二人は受付を離れ、併設された酒場の方へと向かう。
「おいテメェら! またシリウスがボーナス貰ってやがったぞぉ!」
「ちょ――」
「あぁん⁉」
まるでその場の冒険者たちを挑発するように、グラッドが叫ぶ。
その瞬間、彼らはハイエナのように瞳を鋭くさせてシリウスを見つめた。
そしてゾロゾロと近寄ってくる。
「なんだってテメェばっかりおめでとう!」
「今回はなんだグレイトボアか! お前のおかげで冬も暖かいじゃねぇか助かるぜ!」
「うちの婆ちゃんが困ってたときに助けてくれたらしいな! お礼にエールを奢ってやるよ!」
すでに出来上がっているのか、厳つい冒険者たちが酒を片手にシリウスを迎え入れる。
言葉の荒さと裏腹に、その場の全員が彼を歓迎しているのはよくわかった。
「あはは……相変わらずだなぁ。でもみんな、ありがとう!」
シリウスがお礼を言うと、その場の冒険者たちが一斉に杯を掲げて、まるで今から宴会が始まるかのように乾杯し始める。
そこからはいつも通り。
騎士団に入れなかった馬鹿野郎どもによる、酒をあおりながら楽しそうに叫ぶ夜が更けていく。
その中心にいるのは、十年かけてC級冒険者にしかなれていない、ごくごく普通の青年――シリウス。
彼は城塞都市ガーランドで彼は『お人好し冒険者』と呼ばれ、多くの人々に愛されていた。
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