第1話

 城塞都市ガーランドの朝は早い。

 冒険者が多い街のため、それ以外の住人たちも彼らの生活に合わせて動くからだ。


 ギルドまで向かっている道中、肉まんじゅうを売っている屋台のおじさんが声を上げているのが見えた。

 まだ朝食を食べていない冒険者たちが店に並び始め、それを食べたら依頼に向かうのだろう。


 その隣では同じように声を張り上げている風呂場の店主。

 夕刻以降は依頼を終えて帰ってきた冒険者が使用するが、朝は身支度を整えてから活動をする住民のために開かれている。

 丁度かき入れ時が終わったのか、風呂から気持ちよさそうな顔をして出てきている人々が見えた。


 そんな光景を横目に、シリウスたちはのんびり街を歩く。


「あったかくなってきたねぇ」

「うん。もう冬物の服もいらないくらいだ」


 つい最近までは冬だったため、人々の動きも鈍かった。

 行商人は冬の間は動かず、翌年の準備や一年の収支を纏める時期となり、魔物たちも冬眠の期間に入る。


 そうなると必然的に近隣の村々も行動を制限され、冒険者たちの依頼も激減してしまうものだ。


 ある程度ベテランは毎年のことなので、それまでの貯金で冬を過ごす。

 そうじゃない冒険者たちは必死に街の住民の手伝いや領主が募集しているキツい力仕事をして、なんとか乗り越えていた。


「そういえばヤムカカン、しばらく森に帰るって言ってたけど大丈夫かな?」

「カー君、強いから平気……ちょっと寂しいけど」


 森の化身であるヤムカカンは、温かい気候で活発になった魔物たちを抑えるため先ほど森に向かって行った。


 数ヶ月は戻ってこないことでククルも寂しそうだが、そのおかげでワカ村の人たちも安心して暮らせるようになるのだから、引き留めるわけにもいかない。

 また森が落ち着いたら戻ってくるらしいので、それを応援しようと二人で決めたのだ。


「んー!」


 突発的な風が吹き、小さなククルが吹き飛ばされそうになる。


「季節の変わり目は風が強いからね。危ないし手を繋ごっか」

「うん」


 この街にはシリウスの知り合いが多い。そしてククルもマーサの店や色んなところに依頼で顔を出しているため、今では有名人だ。


 道歩く人のだいたいは彼らのことを知っていて、微笑ましい二人の光景に頬をほころばせていた。


「今日の午前中はマーサさんのところで雑貨店の準備して、お昼からはトラッドさんのところでランチの手伝いをしながら踊るんだー」

「そうなんだ。じゃあ後で見に行こうかな」

「え、それは……うーん……ちょっと恥ずかしいけど、いいよ」

「楽しみにしてるね」


 トラッドの店は音楽や踊りを見ながら食事を楽しむ店だ。

 以前は夜だけ営業していて、踊り子や給仕たちと男たちが自由恋愛を楽しむ、少し大人向けの店だった。


 しかしトラッドは元々王都で修行をした料理人。


 オーナーの意向で現在の店舗形態を取っているが、本人としてはもっと広く自分の味を広めたいという願望があった。


 そのため今年に入ってからはお昼も店を開くようになったのだが、元々は夜の店だ。


 また、ガーランドは大きな街とはいえ、王国の中では辺境。素材の値段を抑えるのも難しく、味が自慢の店でもあっても中々集客出来ずに苦労をしていた。


 そんな状況の中、天使がいる店はお客様が増えるという噂を聞いた彼は、何度もククルとシリウスに向けて指名の依頼を入れてくるようになったのだ。


 ――あのときは大変だったなぁ……。


 マーサの策略で、ククルがいれば客が増える、という噂が流れたこと自体は良い。


 だがそれが実のない噂、あるいは一時的な風評であるのはわかっていたので、シリウスの知り合い以外からの依頼はすべて断るようにエレンに頼んでいた時期でもあった。


 さらに言えば、やはり夜の店に子どものククルを通わせるのは……と職業に貴賎がないシリウスでもさすがに渋っていたのだが――。


 ――本気で店を盛り上げたいのです!


 実際に会ってみると、トラッドは実に誠実な男だった。

言葉に籠められた感情は本物であり、その強い想いに力を貸したいと思った二人は、彼の依頼を受けようと決めたのであった。


 道すがら、今日の依頼についてそれぞれ話していると、話題は指名依頼になる。


「街の人以外でお父さんに指名依頼って、誰なんだろうね?」

「うーん、それがエレンさんも教えて貰ってないみたいで、わからないんだよね」


 ギルド長が出てくる時点で偉い人物なのは確定している。

 恐らく貴族か大商人。そうなるとアリアが第一候補になるのだが、彼女とは普段から手紙でやり取りをしている。


 今更ギルドを通して依頼する、というような回りくどいことをする意味はない。


「ん?」


 不意に、繋いでいた手がギュッと握られる。

 ククルを見ると、心配そうな顔で見上げていた。


「危ない依頼は駄目だよ」

「あはは、それは大丈夫だと思うよ。冒険者ギルドって、歴代のギルド長たちが頑張ってくれたおかげで権力者に対しても対抗出来るようになってるからさ」


 シリウスが天涯孤独となり、そして冒険者になってから十年。

 冒険者ギルドの人たちに見守られ続け、第二の家族と言ってもいい関係となっている。


 そんな彼らが誰かを陥れるような依頼を通すわけがなく、そこは安心していた。

 とはいえ、だからこそギルド長が直接関わるような案件というのは少し怖いなと思うのだが。


「……あのね、お父さん。なにかあったら私が助けるから」

「うん、ありがとう」


 自分が言うべき台詞、と思うより心配してくれたことが嬉しくなってお礼を言う。


 ――この子が不安にならないようにしないと。


 そう思いながら、慣れ親しんだギルドの扉を開ける。


「これは俺のもんだー!」

「ふっざけんな! その依頼は俺らが受けるって決めてたんだよ!」

「こちとら冬のせいで金欠なんだ! よこさねぇならぶっ飛ばしてやる!」


 騒がしい声があちこちから聞こえて、思わず笑ってしまう。

 ここ最近は冒険者ギルドもかなり静かなことが多かったので、このような喧騒は久しぶりだった。


「うわぁ……なんか懐かしいかも」

「危ないからあっち行っちゃ駄目だよ」

「うん」 


 雪も解け、人々も魔物も活発になってきたことで、多くの依頼が解禁されている。

 冒険者たちにとって最も稼ぎ時であり、良い依頼は早い者勝ちのためこうして朝早くから取り合いが始まっている状況だ。


「最初の頃はだいぶ怖がってたけど、ククルも慣れたよね」

「お父さんの周りの人たち、みんな優しいから。まあ――」


 ククルは怒号と罵倒、そして殴り合いすら始まった今の光景を見る。


「そうは見えないけど……」

「あはは、みんな元気だよね」


 騎士の国の住民とは思えない荒くれ者たち。

 彼らの行動を見ていると、本当に優しいと言って良いものかククルも悩ましく思う。


 そんな娘の言葉にシリウスは笑いながら、しかし毎年の恒例行事とも言える光景に春が始まった、という気持ちの方が強かった。


 ――俺だ俺だ俺だぁぁぁあぶし⁉


「あ、ディーンさんが吹っ飛ばされた」

「彼はいつもあんな感じだねぇ」


 以前グラッドに喧嘩を売っていた彼は、この街でもかなり威勢の良い冒険者だ。

 若いながらに実力もあるが、本人は自分のことを実力以上に強いと思っている節があり、威勢も良く言葉も荒い。


 典型的なチンピラみたいな若者なのだが、どこか憎めない性格もしていて意外とみんなから可愛がられていた。


「お父さんはあんな感じになっちゃ駄目だよ」

「俺はなりたくてもなれないかなぁ」


 タイミング的に実入りの良い依頼が多いとはいえ、それは実力あってのものだ。

ガーランドの冒険者は他所よりも二つは上の実力はあると言われているが、シリウスは本当に平均的なC級冒険者。


 同じランク帯の依頼は彼にとって危険が多いので、無難なのを選ばないと死んでしまう。


「無茶なことはせず、いつも通りの依頼が受けられれば十分だよ」


 ククルもシリウスのお手伝いという名目で依頼を受けているだけで、冒険者の資格を持っているわけではない。


 そのため二人が欲するような依頼と彼らが奪い合っている依頼は被ることがなく、のんびりカウンターの方へと向かって行った。

――――――――――

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