第15話
「うわぁ……」
アリアと別れてからガーランドを歩いていると、ククルが瞳を輝かせながら声を上げる。
「楽しい?」
「うん……凄い! 本当にファンタジー世界だぁ!」
その姿は年相応で愛らしく、旅で疲れただろうと思ったのだが、これだけ喜んでくれるなら少し街を見て回ろうと思う。
最初は恐る恐るという風だった彼女も、テンションが上がり、色々と質問してくるようになってきた。
それはシリウスにとって当然だが、彼女にとっては初めてのことばかりで――。
――そういえば、違う世界から来たんだもんなぁ……。
違う世界、というのがどういう場所なのか知らないシリウスは、ククルの世界にはこんな大きな街はなかったのかもしれないと思った。
右に左に、幼い子どもがキョロキョロと興味を持つ仕草はとても愛らしい。
通りがけの人たちがほっこりしたようにククルを見ていることに、本人は気付いていないようだ。
「お、シリウスだ! 久しぶりだなぁ!」
「なにぃ? おお本当だシリウスだ! しばらく見なかったから心配したぞ!」
街を歩いていると、シリウスに気付いた冒険者二人が近づいてきた。
その瞬間、ククルが背中に隠れてしまう。
「やあイース、ちょっとクエストで怪我しちゃってね。そういえばニック、恋人で出来たんだって? おめでとう」
「おお、ありがとよ! ところで、そのちっこいの――」
イースとニックが気になる様子でククルを見る。
シリウスからすれば慣れた冒険者仲間だが、彼女からすれば強面の男二人。
当然、見覚えのないククルのことを尋ねられ、シリウスは軽い経緯を話した。
依頼を受けていた森にいて助けたこと。詳しいことは聞かないで欲しい、と。
ククルの平民とは離れた美しい見た目と、そのシチュエーション。
おおよそ誰もが同じような想像を巡らせるもので、二人は納得したように追求はしてこなかった。
また飲もうぜー、と笑顔で離れる二人を見送り、ククルを見る。
街を見ていたときに比べて、だいぶテンションが落ちてしまっていた。
「ああ見えて、優しい人たちだからさ」
「そうかもだけど……」
「まあ、少しずつ慣れていけばいいけどね」
シリウスはククルの手を握る。
これならもう怖くないだろう、と意志を伝えると彼女はなにも言わずにコクリと頷いた。
「ちょっとシリウス、聞いて頂戴よ。リーンったらまた別の男を寝取って……ってなにその子?」
「おやシリウス、めんこい子を連れてどうしたんだい?」
歩く、声をかけられる。歩く、声をかけられる。
ガーランドで冒険者をして十年。多くの人たちと関わってきた彼は、知り合いが多かった。
誰かと話すたびにククルのことを聞かれるので、だんだんシリウスの説明もスムーズになっていく。
そして、だいたい同じ想像をしてくれるので、それ以上の事情は誰も聞いてこなかった。
ただ最後に、誰もがみんなシリウスがなにか厄介事を引き受けたことを理解して、なにかあれば力になると言って去って行った。
「……」
「ね、いい人たちでしょ?」
最初の頃は誰かがシリウスに近づくと、びくっと怯えていた。
しかしそれが十を超えると、さすがにククルも呆れの方が強くなってきた。
「あのさ、シリウスさん……」
「ん?」
「どれだけ慕われてるの?」
老若男女、ありとあらゆる人たちが、シリウスを見つけると声をかけて笑顔で接してくる。
なんだこの人、魅了チートでも持っているんじゃないか? と本気で考えてしまうほどの出来事に、ククルも思わずそう聞いてしまった。
「いやいや、そんな特別な力持ってないって。こんなに街を離れることってあんまりなかったし、みんな心配してくれてただけだよ」
「……自覚なしっぽいなぁ」
ククルが見た限り、心配の気持ちよりもシリウスに出会えたことを喜んでいるように思えた。
彼はC級冒険者。
この世界の環境を詳しくは知らないが、シリウスやアリアの話を聞く限り、その立場は決して特別なものでもない。
つまり、彼らは打算抜きでシリウスのことを慕っているのだ。
それがどれだけ凄いことなのかを、前世で人間関係に失敗して酷い目に合ってきたククルは知っていた。
「魔術の才能とか、前世の知識とか、加護とかそんなのよりも……」
「うん?」
「シリウスさんの方がずっと凄いと思う」
よく考えれば、彼のことを慕っているアリアは、養子とはいえ侯爵令嬢でありこの国最強の騎士の一人。
この世界がもし魔王を討伐する勇者の物語だったら、どう考えても主人公か、その仲間やヒロイン候補ではないか、とククルは思う。
そんな人物に手紙一つで来て貰って貴族を倒してしまうなど、尋常な信頼っぷりではない。
きっとシリウスは、無意識のうちになにか彼女たちが信頼するような行動を取ったのだ。
そして今、それらが戻ってきている。
きっとそれは、ククルが思うチート能力などよりもずっと凄いものなのだ、とククルは思った。
「シリウスさんは、本当に凄い」
繋いでくれる手は温かいし、とは恥ずかしいので言わないでおく。
「そんなことないと思うけどなぁ……と、冒険者ギルドが見えてきたよ」
「ん……」
ククルはそれを見た瞬間、身体が固まる。
――だって絶対、怖い人いるし。
多くの人に声をかけられて多少慣れてきたとはいえ、強面の男たちが集まる恐怖の巣窟。
絶対になにかトラブルが起きるであろう場所。
ククルは気合いを入れて、身体を震わせるのであった。
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