第42話
入り口に戻ると、いつの間にかやってきていたアリアが真剣な表情で武器を見ていた。
「やあアリア。ここで会うなんて珍しいね」
「ああいや、シリウスが入るのが見えたからな。この店の雰囲気は好きだし、せっかくだから入ろうと思ったんだ」
ランゴッドの武器は騎士団でも好評だ。
元々はシリウスがアリアに教え、そしてアリアが自分の騎士団に教え、そして今ではガーランド中の騎士がこの店の剣を扱っている。
つまり貴族御用達の店であり、とても忙しいはずなのだが、それでも昔からの客だからと自分を優先してくれるランゴッドには頭が上がらない。
「そうか、もうそんな季節か」
ククルとの仲を侯爵に認めて貰って以来であるので、軽く近況を話す。
と言っても、ワカ村の出来事がイレギュラーなだけで、シリウスの日常はそんなに派手なものはない。
グレイボアの毛皮を集め、近隣の村で困ったことがあれば出来る範囲で手伝う。
あとはククルがこの街で色んなお手伝いの依頼を受けているので、それを見守るくらいか。
「ククルの噂はこちらにも届いているぞ。騎士団のやつらも通っているらしい」
「あはは。おかげでいつも目を回しているみたいだけどね」
「なに、街の住民を助けることで忙しいのは良いことだ。私たちみたいに、血で濡れるよりもずっとな」
「そうだね」
それからしばらく、二人は雑談に興じる。
ククルがマーサの雑貨店で受付をやる以外にも、マリーの酒場など色んな店の手伝いをしていること。
それにラーゼの家の掃除や、最近だと踊り子にも挑戦したのだ、など。
シリウスの話の中心は常にククルになっていて、本人はそれに気付いていなかった。
そしてアリアはそんな彼の話題を楽しそうに聞く。
――まるで夫婦みたいだな。
などと内心で思いつつも、アリアはそれを顔には出さない。
こんな穏やかな日常が彼女は好きで、今はまだ自分の想いを告げるには時期尚早だということも理解していたからだ。
――貴族というのはつくづく面倒だな……。
ふとシリウスが空を見上げると、夕暮れ時となっていた。
「あ、そろそろククルを迎えに行かないと」
「そうか。なら私もククルに挨拶だけしていこうかな」
「きっと喜ぶよ」
そうして二人はラングリッドの店を出て、マーサの雑貨屋に入る。
すでに店の在庫はだいぶ減っているため、流石に今日はもう店じまいをする準備中だった。
「お、おと、おとっ……!」
「おっと」
疲れ切って舌が回らないのか、それでもなんとか駆け寄ってきてククルが抱きついてきた。
シリウスはそんなククルを受け止め、相変わらず軽いなぁと思う
「疲れたよー」
「うん、お疲れ様」
「はふぅー」
頭を撫でると、まるで猫のように力を抜いてシリウスに身を任せる。
中身が十五歳ということは知っていたが、これまでの彼女の言動など、そして本人の『五歳からやり直したい』という意思を汲んで、シリウスもそういう風に扱うと決めた。
シリウスがそんな態度だからか、ククルもずいぶんと甘えるようになっていて、最初の頃の人見知りが嘘のようだ。
「ククル、私に甘えても良いんだぞ?」
期待を込めて見つめるアリアに対して、ククルは一瞥だけしてすぐに視線を逸らす。
どうやら甘える気はないという意思表示らしい。
とはいえ、今みたいな態度は良くない。
シリウスは父親として、彼女がちゃんとした大人になるまで面倒を見ると決めたのだ。
「ほら、ちゃんと挨拶して」
「はーい……」
結局甘えることはしないが、ちゃんと視線を合わせて頭を下げる。
何故かアリアには少し警戒気味な理由がわからない。
別に嫌っているわけではないのは知っているのだが――。
「お父さんはそのままでいてね」
などとちょっと微笑ましい者を見るような目で見てくる始末。
「ほらククル。お母さんって言ってもいいんだぞ?」
「や!」
そんな見慣れたやりとりを横目に、流石にもうククルが手伝えることはないだろうとマーサを見ると、彼女は笑顔で依頼達成の証である紙を用意してくれた。
「よし、それじゃあギルドに報告して帰ろうか」
「うん! じゃあマーサさん、お疲れ様でした!」
「ああ、次もたっぷり在庫を用意しておくから、また来ておくれよ」
そんなことを快活な笑みで言われたククルは一瞬身体を硬直させるが、若干引き攣った笑みで頷く。
――人間関係、とっても大事。
父を見てそれを学んだ少女は、円満な関係を築くためにちゃんと笑顔を見せることを覚えたのである。
「じゃあアリアも、またね」
「ああ……」
シリウスと握手をして、お互い背を向けたアリアだったが――。
「シリウス! ククル!」
「ん?」
突然名を叫ばれ、シリウスとククルは揃って振り向く。
「お前たちはちゃんと親子だと思う! だって見てみろ!」
嬉しそうに彼女は笑い、指をさす。
その先には、仲の良い親子がするような、自然に繋がれた手。
「あのときはどうするべきか悩んだが……二人が幸せそうで本当に良かった!」
それだけ言うと、彼女は再び背を向けて進んでいく。
自らの歩んできた道が間違っていたとは決して思わない。
今の自分が幸せじゃないなんて、誰にも言わせない。
孤児から剣の腕一本で貴族に認められ、そして王国中から騎士として認められた少女は、もう迷うことはなくただ前へ進んできた。
だがそれでも――。
――二人の仲を引き裂かなくて、本当に良かった!
ククルの力を危険視し、貴族の養子にしていたら今の光景は決して見られなかっただろう。
それはすべて、シリウスという人間を信じたからこそ見れた光景。
「やっぱり、シリウスは凄いな」
アリアは晴れやかな気持ちで、この世界で一番尊敬する男性を想いながら進んでいくのであった。
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