エピローグ
アリアと別れ、冒険者ギルドへと入る。
ククルはシリウスの隣で専用の台に立ち、依頼書達成のサインをする。
それを終えたあと、シリウスはいつも通り報告し、いつも通り感謝の言葉を得て、そしていつも通り多くの冒険者たちに笑顔を向けられていた。
――でも、これは当たり前じゃないんだよね。
普段からシリウスの隣に立っていると勘違いしそうになるが、これは彼が十年かけて培ってきたもの。
毎日コツコツと、ひたすら真摯に、誰かのために続けてきた結果なのだ。
ただ、多くの人はそれが出来ない。
ちょっと楽しよう、自分の利益を得ようと、そう考えてしまうのだからだ。
「……お父さんは凄いなぁ」
「そうですね」
ぽろっと零した言葉に、受付に立っているエレンが優しい笑顔を向けながら答えてくる。
「色んな冒険者を見てきましたが、シリウスさんほど多くの人に信頼されている人はいませんよ」
グラッドや他の冒険者たちに揉みくちゃにされながら酒を勧められている姿は、どこか頼りなさが見える。
実際、彼はこの街の冒険者たちから見れば弱いので、頼りないというのも間違いではないのだ。
しかしそれでも、シリウスは誰よりも認められているし、いつも中心にいた。
「ねえエレンさん、私もあんな風になれるかな?」
「もちろんですよ。だって貴方は、シリウスさんの娘なんだから」
その言葉を聞くと、つい口角が上がってしまう。
――私はあの人の娘。
手を胸に当てて、心の中でそう言ってみる。
それだけで心が強くなる気がしたし、なにより誇らしかった。
「ところでククルちゃん、お父さん一人だと大変だと思ったりしないかしら?」
「私が支えるから大丈夫!」
「お、お母さんとかって……」
「今は必要ないよ!」
取り付く島無し、と言わんばかりにエレンの攻勢をククルは笑顔で返す。
――それに、まだアリアさんの方が上だし。
シリウスと一緒に行動して分かったが、彼はとてもモテる。
アリアやエレンだけではない。
街で色んな相談を乗っていると、たまに彼を性的に見る女性をたくさん見てきた。
「あのねエレンさん。私はお父さんを幸せにしてくれる人だったら、それでいいと思ってるんだけど……」
別にシリウスが一生独身であればいい、などとは思っていない。
ただ――。
「もう少し、私だけのお父さんであって欲しいって思っちゃってるの」
だからもう少し、もう少しだけ、ワガママを言ってしまおう。
――だって、まだ親子になったばっかりなんだもん!
エレンが呆気にとられたような顔をしているうちに、ククルはシリウスの方へと向かって行く。
そして強面の冒険者たちに囲まれた彼を守るように両手を広げて立つと、周囲からは爆笑される。
多分、自分は相当なファザコンだと思われたことだろう。
だが今はそれでいい。
戸惑っている父を見上げながら、ククルはそう思うのであった、
夜――。
シリウスたちが泊まっている宿、マリエールで夕食を食べると、ククルはすぐに眠ってしまった。
ヤムカカンを抱き枕にした姿は、とても愛らしい。
「街じゃ天使なんて呼ばれてるけど、こうして寝ていると本当に天使みたいだな」
まるで自分の言葉に反応するように、布団を蹴り飛ばした。
もう冬が近く、寒そうだ。
このままでは風邪を引いてしまうと思いかけてやると、温かさが心地良いのか微笑みを浮かべて布団を握る。
その姿が少しおかしく、シリウスはつられるように笑ってしまった。
「おやすみ」
軽く髪の毛を撫でて、シリウスは階下にある酒場に降りてカウンターに座る。
もう夜も遅い時間だというのに、冒険者たちが酒を楽しみ、大きな声で騒いでいて楽しそうだ。
「はいこれ」
「ありがとう」
なにかを言うより早く、マリーがエールとチーズを出してくれた。
シリウスがここに座った場合、まず最初に注文するものだ。
「あの子はもうおねむ?」
「うん。今日はだいぶ疲れたみたいだよ」
「マーサのところねぇ。まったく、小さな子を働かせすぎって今度注意しなくちゃ」
シリウスがこの街で十年冒険者をしているように、マリーもこの城塞都市ガーランドは長く顔は広い。
かつては優秀な冒険者をしていたはずだが、少なくとも十年前にはもうすでにマリエールの店主をやっていた。
「それで、ククルちゃんとはどんな感じ?」
「そうだね。まだお互いぎこちないけど……」
シリウスはククルと生活をするようになってから、これまでのことを振り返る。
「出会ってから今まで、色んな事があって――」
初めて会ったときは、怯えられたこと。
グルコーザ男爵に捕まって、魔力を暴走させてしまったこと。
かつて前世で母に酷いことをされて、怯えていたこと。
一緒に依頼を受けたりして、徐々に自分や街に慣れていったこと。
強大な魔獣と戦ったこと。
そして――親子になったこと。
「少なくとも俺はあの子の父親なんだって、自信を持って言えるようにはなったかな」
「そう」
はっきりとそう言うと、マリーはまるでシリウスを見守る母のような瞳で、優しく微笑んだ。
「初めて会ったとき、まるで世界に一人きりだ、って顔をしてた子が、大きくなったわねぇ」
「そんな顔してたかな?」
「ええ」
「もう覚えてないや」
今の自分の周りには多くの人がいる。
いつも温かく見守ってくれている人たちがいて、笑顔で溢れていたから、そんな過去はもう忘れてしまった。
「でもそうだね。もしそんな風に変われたんだとしたら、きっとマリーちゃんのおかげだと思う」
――貴方は俺の、母親みたいな人だったから。
シリウスが笑顔でそう言うと、マリーは一瞬呆気にとられたような顔をして、そしていきなりエールを一気飲みした。
「まったく、それを言うなら父親だろうがぁ!」
「あ、そう言って良かったんだ」
「やっぱり母親だよぉぉぉ!」
瞳にうっすらと涙を浮かべながら、酔った振りをしてそんな風に叫んでいる。
何事だと店の客たちが集まってきて、マリーが泣かされているのを見て、近くに居た客が事情を説明。
そして一気にマリーのことを笑いながらからかい始めるのだが――。
「テメェらぁぁぁぁ! 全員しばき倒したろうかぁ!」
顔を真っ赤にしたマリーが暴れ出し、捕まっては投げられ店の中は大混乱。
この宿の客には冒険者が多く、そして城塞都市ガーランドの冒険者たちは普通よりもかなり強い。
しかしマリーはまるで意に介した様子も無く、一人捕まえては投げ、またすぐに他の冒険者を捕まえては投げていく。
酒と恥ずかしさで顔を真っ赤にして暴れる姿は、悪鬼羅刹が暴れているようにも見え、古い冒険者たちは現役時代の彼女を思い出していた。
そんな姿をカウンターで見ていたシリウスだが、二階から眠たそうに見下ろしているククルが見て駆けつける。
「起きちゃったんだ」
「……煩いよぉ」
「ぐぁぁぁ」
目をこすりながら、不満そうにそう言うククルと、それに同調するヤムカカン。
そりゃそうだ、と階下の乱闘を見て思う。
従業員たちは慣れた様子でテーブルや椅子を端に寄せていき、暴れているマリーもそこはちゃんと配慮しているらしく店の物が込まれる様子は無い。
見たところ、あと数人。
シリウスが知っている限り、このガーランドのでも指折りの冒険者たちが残っていたが――。
「多分もうちょっとで終わるから、それまで我慢できる?」
「……うん」
シリウスは偉いね、と頭を撫で、一緒に部屋に戻る。
少しして、音は無くなった。
どうやらマリーが全滅させたらしい。
静寂が続くと、シリウスも酒が回ってきて眠くなってきた。
ヤムカカンは抱き枕にされるのは嫌だと、少し離れたところで丸まっている。
「それじゃあ、一緒に寝よっか」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
シリウスが布団に入ると、ククルは安心したようにすぐに寝入ってしまった。
その小さな手は、彼の指を握っていて――。
――こうしていたら、もう前みたいな悪夢は見ないから……。
「また明日」
この子の未来に幸がありますように。
そう願いながら、シリウスも眠りにつくのであった。
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