第13話

 時の流れというのはあっという間に過ぎるもので、グルコーザの件が落ち着いてから一週間が経った。


 シリウスが呼んだ冒険者たちも手当が終わり次第ガーランドに戻っていき、ここ数日の忙しさが嘘のように穏やかな日々が続いている。


 グルコーザの代わりに派遣される予定の男爵は、スカーレット侯爵家の手の者が来るという。

 今後は以前のような横領は起きないだろう。


「よーしみんな、ガンガン作っちゃうよー!」

「「おおー」」


 そう元気に声を上げるのはリリーナ。 

 そして彼女に従う村の子どもたち。


 彼女たちは今、冬越えのために魔物の毛皮を集めて布団を作っているところだ。

 わいわいと楽しそうに剥ぎ取った毛皮を集め、大人たちにやり方を学んで頑張っている。


「毛皮以外の部分も無駄には出来ないからね! しっかり手順通りやるんだよ!」

「「はーい」」


 余った素材は暖かくなった後に商品とするため、なめして革製品とする。

 こうした小さな村では、無駄に出来る素材など一つとしてなく、そして子どもたちを遊ばせる余裕もない。


 とはいえ、幸い大人と一緒に何かをするというのは子どもたちにとっても楽しいことらしく、笑顔でみんな手を動かしていた。


「よっと」

「おおー、さすがシリウスさん。手際がいい!」


 狩ってきた獣の皮を剥いだら、近くにいたリリーナが感心した声を上げる。


「まあ剥ぎ取るのは慣れてるからね。とはいえ、その後は村の人たちには敵わないよ」


 布団を作るにしても、革から製品を作るにしても、細かい工程がたくさんある。


 村の子どもたちにとって常識なそれらも、早くに両親を亡くし、十歳になるころには剣を握って冒険者であり続けたシリウスにはよく分からない部分が多かった。


 今は猫の手も借りたいという状況だろうから手伝いを申し出てみたが、どうにも上手くいかずに戸惑ってしまう。


「じゃあ私たちがシリウスさんに教えてあげるね」

「それは助かるな」


 そうして集まってきた村の子どもたちと一緒になって革製品を作っていると、少し離れたところで様子を窺っていたククルを見つける。


 ぴこん、とリリーナの耳が反応するが、彼女はまだ我慢だと、ククルの存在に気付かない振りをしていた。

 対するククルは、こちらに来たそうな雰囲気を出しつつも、怯えているため寄って来ない。


 ――まるで猫みたいだな。


 猫といえば猫耳族のリリーナの方だと思うが、こちらはむしろ狩人のようにただ獲物がやってくるのを楽しそうに待っている。


 そうしてしばらく村の子どもたちと製品を作っていると、ようやく覚悟を決めたククルが恐る恐る近くに寄ってきた。

 

「……シリウスさん、私もやってみてもいい?」

「うん、もちろん。みんなもいいよね?」

「もちろんー!」

「いいよー」

「え? え? え?」


 子どもたちは元気に声を上げて、自分たちの輪の中にククルを迎え入れた。

 その勢いに慌てて助けを求めてくるが、シリウスは笑うだけで助ける気は無い。


 これまで自発的に村の手伝いをやろうとはしなかったククルも、変わろうとしているのだ。

 だったら、それを支えてあげるのが大人の役目だと思ったシリウスは、子どもたちに色々と教えて貰っているククルを、ただ見守ることにした。



 しばらくして、休憩の時間となる。

 家族のところに戻っていった子どもたちを見送り、シリウスは貰ったおにぎりを食べながら村を見ていた。

 そしてそんなシリウスを、隣に座ったククルが見上げてくる。


「なに見てるの?」

「村の人たちはみんな強いなぁって見てただけだよ」


 貴族の嫌がらせにも負けず、自然の寒さにも負けず。

 こうした地方の村々は、日々を普通に生きていくだけでも大変だ。

 それでも笑顔を絶やさず、こうして次の春へ向けて進んでいく様は、凄いなとシリウスは思った。


「そうだね……」


 まるでシリウスの真似をするように、ククルも村の様子を見る。

 のどかな風景の中に、大地に根付いた大樹のような芯の強さを確かに感じ取った。


「うん……本当に強いような気がする」


 


 ワカ村の外からやってきた者の中で、最後まで残っていたのはシリウスとククル。

 そして城塞都市ガーランドを治めているスカーレット侯爵家の令嬢にして、王国十二騎士の一人アリア・スカーレットの三人だ。


 彼女に紹介されてやってきたマドモー男爵は村人たちに受け入れられ、村に関して憂いもない。

 これでシリウスたちは安心して、ワカ村から出立することが出来るようになった。


「今までお世話になりました」


 村の入り口には、村中の人が集まっているのではないか、というくらいに人がいる。


「なぁに。私としても孫娘を助けて貰っただけじゃなく、村ごと守って貰ったんだ。感謝こそすれ、礼を言われるようなことじゃないさ」

「大げさですよ。村に関しては、俺のせいで――」


 短慮にリリーナを連れて逃げなければ、もしくはあのときグルコーザに許しを請えば。

 村ごと潰そうなんて思わなかったんじゃないか、とシリウスは思う。

 

 だが、その言葉にスーリアは首を横に振る。


「いずれワカ村はあの男によって滅茶苦茶にされていたさ。アンタのした行動はそれをほんの少し早めただけだ。それに、村の未来を明るくするための道を広げてくれた……感謝こそすれ、非難することなんてありはしないよ」

「そうだよ! もしシリウスさんがいなかったら、私は奴隷にされたもん!」


 スーリアの傍にいる、猫の耳をした少女。

 エルバルド王国では珍しい亜人の先祖返りは、好事家たちにとっては貴重な存在だ。


 もし連れ去られていたら、どんな酷い目に遭っていたか……。

 それがわかっているからこそ、この村の人たちはそんなリリーナを助けたシリウスのことを大切な仲間のように思っていた。


「というわけさ。まあなんというか、アンタは損な性格をしているけど……」


 少しだけ、優しい笑みを浮かべてシリウスの傍から離れないククルを見る。


「まあきっと、神様は見ていてくれるから大丈夫なんじゃないかね」

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