第11話
翌日、シリウスたちが再びギルドの応接間に顔を出すと、昨日の面々の他に、見え覚えのない若い執事が立っていた。
長い紅髪を紐で括り、細くしながら腰まで伸ばしている。
ローレライの背後に控えていることから、恐らく彼が昨日言っていた早馬で来た人なのだろう。
貴族に対してまずは頭を下げる。
隣のククルも慌てて真似をしてしばらくすると、男性が声をかけてきた。
「貴方たちがシリウス殿とククル嬢か。顔を上げてください」
「はい……えっと……」
眼鏡の奥から見え隠れする瞳の鋭さといい、威圧感といい、あまり歓迎されていないことは伝わって来る。
ククルなど完全に萎縮してしまい、そっと背中に隠れてしまった。
「エルバルド王国第二王女、ローレライ様の執事兼護衛のウェイバーだ」
腰に差した細い剣と、一瞬見えた剣ダコ、そしてその佇まいは明らかにただ者ではない。
どれほどの腕かはわからないが、正面から戦って勝てるとは思えなかった。
「昨日は我が主が迷惑をかけたな」
「いえ、正規のご依頼でしたし、なにも問題はありませんでしたよ」
「そうですか……ところで話は変わりますが、ローレライ様に猫探しをさせたと聞いたのだが――」
「ウェイバー、その説明は私からしたはずよ」
「一つの方向からだけの説明を聞いて判断すれば、いずれ取り返しの付かないことになります。ご容赦を」
聞きようによっては王女の言葉を軽んじているようにも聞こえる。
だが同じように控えるアリアがなにも言わないということは、これが不敬に当たらないくらいには信頼されているのだろう。
「わかりました。では起きたことをそのままお話しますね」
シリウスとしては、昨日のことを話すことはやぶさかではない。
もちろん相手が王女である以上、もう少しやりようは合ったと思うが……。
すべてを話すと、ウェイバーは小さく頷いた。
「なるほど。ローレライ様から聞いた話と相違ないな……」
その言葉にホッとする。
もし違っていたら、嘘を吐いたのはこちらになってしまうから当然だ。
だが、そんな安心も束の間――。
「シリウス殿、貴殿には迷惑をかけた」
「ちょ――⁉」
いきなり頭を下げられて、思わず声を上げてしまう。
普通の人であれば物怖じすることのないシリウスだが、王女付きの執事など上位貴族の次男か三男あたりだろう。
そんな彼が平民に頭を下げるなど、動揺するなという方が無理がある。
「迷惑なんて思っていませんので、頭を上げてください!」
「いいのよ、ウェイバーなんてこのまま頭を下げさせておけば……ってなんでそんなすぐに頭を上げるのよ」
「ローレライ様にそう言われるのが癪だったもので」
「聞いたアリア! こいつ執事のくせにこんなこと言うのだけど!」
「今回はローレライ様が悪いです」
味方がいない、とわかったローレライは立ち上がると、そのままシリウスの方へと向かおうとする。
しかしウェイバーにその首根っこを掴まれ、結局ソファに座らさせられた。
「さて、本題に入りますが、その前に……」
ウェイバーは同じ部屋にいたヘクトルを見て、出ていけという風に視線を向ける。
しかしここは冒険者ギルドであり、彼はその長だ。
「申し訳ないんですが、冒険者ギルドに依頼をする以上、俺にはそれを聞く義務があるんすよ」
「……まあ、良いでしょう」
しばらく睨み合いをしていた二人だが、そこはウェイバーの方が折れた。
おそらく事前にローレライに言われていたのだろう。
「今回の件、まずはローレライ王女の我が儘です。それゆえに、巻き込まれた方々に対してなにか不備があっても、すべて不問と致します」
どうぞ、とウェイバーは手を出してシリウスたちに座るように促す。
そしてテーブルの上に白い紙を置くと、そこにはびっちりと文字が書かれていた。
「あの、これは……?」
「誓約書です。文字は読めると伺っておりますが、なにか問題がおありですか?」
平民で文字の読み書きが出来る者は意外と限られている。
冒険者でも必要な文字以上を覚えない者も多い中、シリウスはアリアと手紙のやり取りをするために長い年月をかけて覚えた経緯があった。
とはいえ、公的文書を読む機会などこれまであるはずがなく、さすがに困惑しながら時間をかけて読む。
「えっと……つまり、ここでの事は口外するな、ということで大丈夫ですよね?」
「はい。あとそちらの少女」
「っ――⁉」
突然視線を向けられたククルが驚く。
「ククル嬢に関して、私とローレライ様から勧誘しないという約束を盛り込んでおります」
「……ありがたいのですが、いったいなぜ?」
「王家としても、アリアやスカーレット家を敵に回すわけにはいかない、ということですよ」
どうやら事前にアリアが根回しをしてくれていたらしい。
それがわかったシリウスは、改めてこの友人のことをありがたく思った。
ただ、同時に昨日聞いた話――ローレライの妹である第四王女のことは気になる。
王女自らやって来た一番の理由は、魔術に傾倒している妹とククルを引き合わせることだ。
この条件では本来の目的を達成することが出来ないのだが、どうするつもり――。
――あ、そういうことか……。
アリアの申し訳なさそうな顔を見て、人間関係に聡いシリウスは理解してしまう。
王族が平民相手に命令することは出来るが、お願いすることは出来ない。
だから今後彼女たちから勧誘をすることはないが、シリウス側から話を提案することは出来るということ。
また今回はアリアの意を汲んだ形にしているが、この条件であれば彼女経由で話すことも出来る。
貴族社会というのは見栄と建前が大切だ。
ある意味、卑怯とも言えるようなやり方ではあるが……。
――まあ、王族や貴族が一平民にここまで気を使ってくれてることが異例だもんなぁ。
もちろん、シリウスも彼らが本当に気を遣っている相手が侯爵家であることはちゃんと理解しているが……。
命令されたら逆らえないのにそれをしないというのは、温情と言う他ない。
「まだククルにはこのお話をしてないんです。なので……」
チラッと自分にくっつく娘を見る。
なんの話かわかっていないが、とにかくウェイバーが怖いのは伝わって来た。
「そしたら今日も一緒に出かけましょう。私もこの子とはもっと仲良くなりたいと思ってたから。いいわね、ウェイバー」
「……私も同行しますからね」
「えぇー……貴方みたいな堅物がいたら気が休まらないから嫌なんだけど」
しっしっ、と手で払うような仕草。
だがウェイバーはまったく気にしたようを見せず、眼鏡の奥を鋭く光らせる。
「ローレライ様は遊びに来た、と言いたいのですか?」
「とんでもない。これはお忍びでの視察よ。これも立派な王族の責務だわ」
「でしたら気を張って頑張って貰いましょう」
ああ言えばこう言う、とどちらも思っているような言葉の応酬。
内容の割に二人の間に険悪な雰囲気がないのは、よくあることだからだろう。
結果的に、ローレライとウェイバーの二人を街案内することになったのだが……。
――まさか、自分の人生でこんなことが起こるとは……。
ローレライの服装がどうだとか、自由にさせなさいとか、二人は相変わらずのやり取りをしている。
それを見ていたククルがぽつりと一言。
「ねえお父さん……この依頼断っちゃダメかな?」
「どんな依頼でも、困ってる相手を助けるのが冒険者だからね」
「それ、どっちかというと騎士の役目な気がするけど……」
そうして新たな人を増やし、視察を始めるのであった。
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