第3話
あの子だ、と思ったが声を出さなかった。
どう見てもこちらを警戒しているし、怯えさせたいわけではなかったからだ。
代わりに、できる限り優しく笑ってみる。
「っ――!」
少女が顔を隠してしまう。
強面が多い冒険者たちの中では比較的柔らかい顔立ちをしていると思っていたが、怖かったのかもしれない。
ちょっとだけ、ショックだった。
「ククル! そんな隠れてないで出ておいで!」
スーリアが声を上げると、ククルと呼ばれた少女が再び顔を出す。
どうやら逃げ出してはいなかったらしい。もっとも、相変わらず警戒は解く気はない様子だ。
「服……」
「え?」
「服、着てくれたらそっち行きます……」
シリウスは今、包帯を巻いているとはいえ上半身が裸の状態だ。
相手が子どもだから気にしていなかった、とシリウスは服を手に取り身に纏う。
「まったく、なにを年頃の女みたいなことを言って」
「うぅ……女だもん」
「見りゃわかるよちんちくりん」
ククルはスーリアの言葉に少し拗ねた様子を見せるが、シリウスが服を着たことを確認すると近寄ってきた。
手が微妙に届かない位置までやってくると、ちょこんとその場に座る。
その動きが警戒する小動物のようで、シリウスはつい笑ってしまった。
「あの――」
「ありがとう」
ククルがなにかを言おうとしたタイミングで、被せるようにお礼を言ってしまう。
とはいえ、まず言うべきは自分の方だとシリウスは思っていたので、とりあえず言葉を続けた。
「な、なんで……?」
「君が助けてくれたんだろう?」
あれほどの大怪我がたった二日で治ったことは疑問だが、それはそれ。
シリウスはスーリアにしたように、しっかり頭を下げる。
「た、助けてくれたのは貴方の方だよ!」
少女が悲痛にも似た声を上げる。
まるで、このままシリウスに謝らせることそのものが『悪いこと』だと思っているような、そんな声。
思わず顔を上げると、ククルは涙を流して顔をくしゃくしゃにしていた。
「あのとき貴方が来なかったら死んじゃってたもん!」
「いや、あれはたまたま……」
「怖くて、もう駄目だと思った……! せっかく生まれ変わったのに、もう終わっちゃうんだって諦めた!」
シリウスには、ククルの言葉の意味が分からなかった。
要領を得ず、感情のままに叫ぶ子どもの癇癪のようなものだ。
だがそこに込められた想いはしっかりと伝わってきた。
「あのとき貴方が大丈夫って、守るからって、そう言って戦ってくれたから……私は!」
そしてそのまま、言葉にならないように泣いてしまう。
大きな声で泣く姿は年相応で、シリウスもスーリアも、彼女が落ち着くまでなにも言わずに待っていた。
しばらくして、ようやく感情も落ち着いたのか、ククルは泣き止んで恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「……あの」
「うん」
焦らせず、ただゆっくりと話を聞くよという風に頷く。
その意図はしっかり伝わったのか、ククルは一度大きく深呼吸をして自らを落ち着かせ――。
「あのときは、助けてくれてありがとうございました」
小さな頭を、しっかりと下げるのであった。
どういう理屈か、半死半生ともいえるシリウスの怪我は完治していた。
とはいえ、失われた血や体力は簡単には元に戻らないようで、しばらくワカ村で療養させてもらうことになる。
滞在してから三日。
だいぶ良くなってきたので、散歩をしているとトテトテと村を歩いているククルを発見した。
「おーい、ククルー」
「っ――⁉」
一瞬ビクっと怯えたように身体を反応させるが、相手がシリウスだとわかりホッとする。
この数日でだいぶ慣れてくれたようで、実は少し嬉しかった。
「シリウスさん、歩いて大丈夫なの?」
「うん。怪我自体はもうないから、あとは体力を付けないと」
「そっか。でも良くなってきてるんだね」
「おかげさまでね」
天使のような微笑み、というのはまさに彼女の笑顔を言うのではないだろうか?
そう思わずにはいられないほど、ククルは愛らしい容姿をしていた。
――もし彼女がガーランドを一人で歩いていたら、毎日誘拐されそうだな。
決して治安の良い街とは言えないため、本当にそうなりかねない。
もっとも、シリウスの思い込みがゼロとも言えないが。
「っとしまった。近づきすぎたかな?」
「……だ、大丈夫」
この数日、彼女とコミュニケーションを取るようになり、いくつかわかったことがある。
まず彼女は極度の人見知り。それも男に対しては顕著な様子だ。
未だにワカ村の男が近寄ると身体を硬直させるか、全力で逃げ出してしまう。
女性に対してはマシ、といった様子。
そんな彼女なので、まともに話ができるのは今のところスーリアと、その孫で比較的年齢の近いリリーナという少女だけだ。
「シリウスさんは、大丈夫……」
「そっか」
そんな中、森で助けたことがあってか、シリウスとは普通に会話をすることができた。
「あ、そうだ。もし良かったら散歩に付き合ってくれないかな?」
「……うん。いいよ」
そうして一緒に歩きながら雑談に興じる。
話してみると、シリウスは同年代に近い感覚をククルから覚えるときがあった。
――この子はいったい、どこから来たんだろう?
なぜ森にいたのかは不明。
本人に尋ねてみても言葉を濁すだけなので、あえてそこを追求はしていない。
出身地、不明。
ワカ村の少女ではなく、かといってこの周辺に五歳の子どもが辿り着ける村もない。
――スーリアさんは、森に捨てられた貴族の子じゃないか? って言ってたけど……。
たしかに身なりはともかく、ククルの顔や肌の綺麗さは普通の平民とは違う気がした。
言葉遣いも五歳とは思えないほど洗練されており、育ちの良さも垣間見える。
貴族の娘として育てられたが、家庭内でなにかがあってヤムカカンの森に捨てられた、というのが一番合っているような気がするが――。
――それなら、人が怖いのも納得だし……。
「ククルはもう村に慣れた?」
「……まだ、ちょっと」
「そっか」
シリウスが見た笑顔は天使のようだが、残念ながらその顔を見れる日はあまりない。
どうしたものか、とシリウスが悩んでいると、こちらに走り込んでくる黒髪の少女が見えた。
「クックルー!」
「うわぁ⁉」
少女はそのままの勢いでククルに飛びつくと、見事な動きでくるりと回って押し倒さないように着地する。
「り、リリーナ! びっくりするからそれ止めてよ!」
「えー! いいじゃんいいじゃん! あーこのまんまるぷにぷにほっぺ可愛いなー!」
「き、聞いて……」
「やわらかーい!」
怒濤の勢いで自らを可愛がってくる少女の登場に、ククルは完全に押されていく。
「し、シリウスさん。たた、助けてー」
涙目で助けをも求められては、助けないわけにはいかないだろう。
シリウスはリリーナと呼ばれた少女の両脇を持つと、そのまま持ち上げてククルから引き離す。
「ほらリリーナ。ククルが困ってるからその辺にしておこうか」
「シリウスさん、今は大事なスキンシップの時間だよ?」
「そういうのは、本人の同意の下でもっと優しくね」
地面に着地させると、リリーナはやや不満顔。
シリウスがそれに苦笑していると、ククルがさささー、と背中に隠れてしまう。
「いいなー。シリウスさんはククルに懐いて貰ってさー」
「ククルがびっくりしないやり方で接してあげたらいいんじゃないかな」
「だってこっちの方が、可愛い反応してくれるんだもん!」
ニカッと、リリーナはまるで悪気のない笑顔を見せる。
彼女はこの村に住むスーリアの孫娘だ。
ただし、その見た目はこの村の誰にも似ておらず、普通の人には付いていない猫の耳。
それは猫耳族の特徴だった。
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