57 第一章 最終話 事象の地平線(イベント・ホライゾン)

「これがアマリリスの記憶――」


 マリーは、アマリリスの記憶、自分の記憶を思い出し放心状態になる。三百年分の記憶を思い出したことで、記憶の整理が追いつかない。



 ふと、風に煽られた花びらが視界に映る。その花びらは、空中で紙が燃え尽きるように光の粒となって蒸発した。


「はじまりましたか」


 カルヴェイユもそれを観測していた。


 あらゆるもの、全てのものが光の粒となって蒸発していく。重力はもはやなく、物体は空宇宙に漂い、光の粒となって消えていく。


「何が起こっているの?」


 アルストロメリアは消失していく空間に右腕を入れた。アルストロメリアの腕は光の粒となって蒸発したまま再生しない。本来、完全なる性質をもつアルストロメリアの体は損傷しないはずだ。


「オレの腕が再生しないだと!? なるほど、ようやく理解したぜ。くそやろう」


《新たなる世界の複製》で複製できなかった世界がこの時間に相当する。世界が複製できないということは、世界が存在しないのと同義だ。ただこの推論はアルストロメリアの一番最初に考え排除した結論だった。


「どういうこと?」


 カルヴェイユが言った。


「簡単な話です。アマリリス様がこの世界を創造したとき、三百年より未来を創造しなかったというだけでございます」


 神の見習いアマリリスは三百年より未来を創造しなかった。かつてアマリリスが世界を重ねたとき、その限界が三百年。


 ゆえに、三百年より先の未来はこの世界に存在しない。世界が存在しなければ、時間も存在しない、並行世界が存在しないので《想いの力》も存在しない。


 それはブラックホールに飲み込まれた惑星のように、すべての物質の情報が蒸発していく現象。

 光さえも脱出できないゆえに観測不能になる境界線、《事象の地平線イベント・ホライゾン》となる。


「ワタクシたちが不老不死であることも、常に並行世界から死ななかった世界を召喚しているからなせる技ですゆえ、《事象の地平線イベント・ホライゾン》ではそれすらも無意味になるでしょう」


「じゃあ、私たちここままじゃ不味いんじゃないの? 早く、アマリリスを移動させないと!」

「いいえ、その必要はありません。これより、世界は繰り返されるのですから」

「繰り返すだと!?」


 アルストロメリアは奥歯をギリギリと鳴らす。


「ワタクシの《想いの力》は再生を根源とします。この力を使い世界の終わりと世界の始まりを繋ぎましょう」


 その瞬間、カルヴェイユに紫色の剣が突き立てられた。


 アルストロメリアは右腕を消失したまま、左腕だけでその剣を構えていた。


「《事象の地平線イベント・ホライゾン》の性質をもった剣だ。今、創造した。片腕を引き換えにな。この剣で斬られたものは、たとえ不死であろうともその存在が消滅する、はずだぜ」


 その剣は《喪失の剣》と呼ばれるもの。この剣は、ブラックホールの事象の地平線イベント・ホライゾンと同じ性質をもち、全ての並行世界の情報を消失させる力を持つ。


 カルヴェイユは冷静にその剣を見ていた。


「悪いが、お前にはここで退場してもらう。オレはごめんだぜ。もう一度、あの世界を繰り返すのは……! ここでお前を殺し、世界を終わらせる」

「アルストロメリア!」


「ああ、そういうこった、アマリリスさんよ。悪いがお前の物語もここで終わりってことだな。でもよ、これで誰も苦しまなくて、悲しまなくて、死なない完全なる世界が手に入るんだ。安いもんだぜ」


 だが、アルストロメリアの剣はカルヴェイユに届かなかった。剣はカルヴェイユの周囲に張られた場に入ると、磁石の同極が反発するような力で弾かれた。


「なんだ? なぜ、殺せない!?」


「アルストロメリア様、一つ勘違いしていらっしゃるようで。ワタクシがいつ、この繰り返しが一周目だと言ったでしょうか?」


「なんだと!?」

「どういうこと!? カルヴェイユ!」


「アルストロメリア様がワタクシをここで殺したという事実が、この時間に存在しないのです。もうこのやり取りは一五三八八回目ですので、未来は決定論的に確定しています」


 決定論バリアというべきだろうか。かつてマリーがカルヴェイユに斬りかかったときにも同じことが起きた。これは世界が何度も繰り返され、誰がいつどう行動するか未来が決定されているから起きる現象だった。


 この時間の世界線係数が1だとすると、繰り返される前の世界の世界線係数は2。ゆえに、世界線係数の大きい繰り返される前の自由意志が優先され、この時間の自由意思は却下される。


 アルストロメリアがこの時間にカルヴェイユを殺そういう自由意思は、繰り返される前の世界にて、アルストロメリアがこの時間にカルヴェイユを殺せなかったという事実によって、却下されたのだった。



事象の地平線イベント・ホライゾン》の影響がマリーたちのいる花畑へと広がっていた。全てのもの、あらゆる物体、全部が光の粒となって蒸発していく。


「アルストロメリア! このままじゃ私たちも消えちゃう!」

「……ちっ、ああ、そうだな。――《新たなる世界の複製クリエイト・ニューワールド》」


 アルストロメリアは渋々、《新たなる世界の複製》を詠唱した。創造された世界は花畑の世界、マリーが学院で生活した世界だ。


「《正当なる観測者の権限コレクト・オーソリティ》」


 マリーとアルストロメリアに光が纏った。

 世界が消失していく以上、もうこの世界で長居はできない。


 マリーとアルストロメリアは、《正当なる観測者の権限》で並行世界を移動し、この時間から退場した。



 マリーとアルストロメリアが居なくなり、この時間にはカルヴェイユと成れ果てのアマリリスだけとなった。


 マリーに《永遠の冠》を授けたことで、アマリリスの髪は肩までになっている。《永遠の冠》はアマリリスの髪から、《喪失の剣》はアルストロメリアの腕から創られたものだった。


カルヴェイユはまず《事象の地平線イベント・ホライゾン》を止める力を発動した。


「《混沌なる大蛇の円環メビウス・オブ・ウロボロス》」


 世界の終わりと世界の始まりの時点を繋げる《想いの力》だ。体感では分からないが、今、世界の終わりから世界の始まりへと移り変わった。


 世界の消失はとまり、花畑が再生されていく。まるで逆再生を見ている光景だが、時間は前へと進んでいる。


 次にカルヴェイユは成れ果てのアマリリスに再生の力を授けた。黄金色の光がアマリリスの体を修復していった。


アマリリスの《完全なる世界の顕現エターナル・フラワーガーデン》は世界を花畑に変えるほどの《改変の力》だったが、カルヴェイユの《完全なる世界の顕現デウス・エクス・マキナ》は《再生の力》だった。


 カルヴェイユはこの力で学院のある世界を創造、否、再生する。カルヴェイユは成れ果てのアマリリスが次に目覚めるその時まで花畑の世界を散歩したのだった。

 

 そして、少女は記憶を喪って、無限に続く花畑で目覚めるだろう。そこで少女は喋るカエルと出会うだろう。



 見知らぬ花畑にて――。



――――――――――――――

ご愛読頂きありがとうございます。

これにて『ブリリアント・アマリリス』第一章完結です。

第二章、エンディングまでの物語の構想はあります。第一章が『花畑の世界編』、二章は『完全なる世界編』、三章は『曖昧なる世界編』で完結予定です。(一体いつ、私は書き始めるのやら・・・)

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ブリリアント・アマリリス 雨井蛙 @amaikaeru

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