23 烏、蝶、蜘蛛

 エスカリエ王宮。マリーはベッドにうつ伏せになり、一日の情報を整理する。


(アマリリスから私とアルストロメリアがうまれ、私とアルストロメリアは姉妹関係、でも、私とアルストロメリアには血縁はない。まったく意味がわからないわ)


「そういえば、ローズを襲ったゴロツキども現れませんでしたね」

「そういえばそうね。今日はローズと一日中一緒だったし、マーガレットを襲う気配もなかったわ」


(まあ、マーガレットを襲おうとする馬鹿はいないでしょうけど)


 マーガレットに思考を妨害されたことで、マリーの頭の中は白紙に戻った。難しいことは頭の中で考えるべきではない。


 マリーはふうと一息をついた。狐面の少女として続行、アルストロメリアの情報を手に入れて、アマリリスの情報はなし。



 個体番号アルファ41には規制線が張られ数名の科学者が調査を行っていた。


「うむ。爆縮……というのは」


 ボーア・シュトレイゼンがアルファ41にまつわる文献を読み漁る。


 まずは安全な移動方法と起動の仕方を調べなければならない。幸い、核の文献はエスカリエ古典派科学者が進めていた。


《想いの力》の研究者が想力者と呼ばれるのに対して、《想いの力》に頼らず、従来の科学技術で科学するものは古典派科学者と呼ばれていた。


「ボーア! ボーア・シュトレイゼンはいるか!」


 無精髭を生やし中年太りした男は、眉間にシワをよせ憤慨した様子で規制線の中に入ってきた。アルバート・マーゼンフリー。彼もまた古典派科学者の一人であった。


「なんだ、いきなり」

「ボーア・シュトレイゼン。なんてものを召喚してるんだ。これはこの世界にあってはならない。第一、《想いの力》では技術が飛躍しすぎて再現性がない。お前なら分かるだろう。再現性のないものは科学の対象になりえない。これ以上『脈絡のない科学文明ミッシングリンク』をつくるな!」


 アルバートはボーアの後ろの鉄の塊を指さした。個体番号アルファ41、核。


 かつてアルベルトとボーアは同じ研究室の科学者だった。《想いの力》が伝来し、ボーア・シュトレイゼンは《想いの力》を科学に取り入れた想力者に、アルバート・マーゼンフリーは《想いの力》に頼らない古典派科学者になった。違う別の並行世界では、二人は協力しもっと早く核の開発に成功していたかもしれない。


 ボーアは肩をすくめた。


「これの廃棄はできない。これはヴィルヘルム閣下の勅令であったのだよ。これを廃棄することは国家に楯突くことになるかもしれんぞ」


「なんだと!? 王政がなぜ? 第一、いま誰の指示で王宮は動いている?」


「さあ? 少なくともマリー女王陛下ではないのは確かだ」


 マーゼンフリーは少し考える素振りをして、


「ちっ、もうエスカリエには居られん。研究室は引き払う。俺は亡命するぞ。エリバルディの科学技術なら、俺の発明も再現できるだろう」


「ああ、勝手にしたまえ」



 マリーは女王のドレス姿で大広間にある唯一の椅子に座っていた。


 肩までかかった髪を指に巻き付けては、ふと思う。女王マリーの肖像画は腰まで伸びた髪だったのに、どうして自分が女王だと認識されてるのだろう、と。


 やはり、アマリリスが真の女王で皆勘違いしているのか、それとも、本物の女王マリーがこの世界のどこかにいるのか。


 貴族たちの噂する声が聞こえた。


「アーレンファストとエリバルディが同盟を組んだそうだ。狙いは、オーレアリアにある『ロンギヌスの槍』らしい」


 まるで大陸に寝そべる龍の形にみえる山脈オーレアリアは北を頭にして、尾が東西へと伸びている。尾に位置する国は、西から烏の紋章グラディウス、蝶の紋章アーレンファスト、蜘蛛の紋章エリバルディとあり、それぞれが黄金の何かをもっている。


 先の南西戦線ではエスカリエが勝利し、グラディウスを支配下に置いた。マルガレーテを犠牲にしつつも、エスカリエは黄金の杯を手に入れている。


 そして噂されているのがオーレアリアの頂き、その山頂にあるとされる『ロンギヌスの槍』であった。伝承によると、神が世界に降臨したとき彼女は彗星となってオーレアリアの頂きに落ち、ロンギヌスの槍が生まれた。人類は神を信仰し、また、神を殺すのも神の武器でなければならない。


『ロンギヌスの槍』は神を殺す武器として信じられていた。


「エスカリエの侵攻は、オーレアリアにあるロンギヌスの槍の奪還ではなかったのか。ロンギヌスの槍が敵に奪われると、エスカリエは滅びますぞ」


 貴族たちの憶測が飛び交っていたが、軍隊長オルヴェイトが広間に入ったことで貴族たちは静まり返った。


「おお、陛下。今日も麗しゅうございますな。その凛とした赤色の髪はまるで流星のようだ」


 一応、マリーの隣には全身甲冑の姿であったが、娘ルイス・アステリカがいるのに、オルヴェイトは口説きの文句を言った。


「それで? 我々を招集したのは、何か動きがあったようだな、オルヴェイトよ?」


「ああ。報告にはいろう。エスカリエ南にて、敵軍の進行を確認した。蝶の紋章からアーレンファストの者と思われる。斥候を飛ばしたところ、エスカリエではなくエリバルディ方面に侵攻しているようだ」


「オルヴェイトよ。お前はアーレンファストとエリバルディが同盟を組むと思うか?」


「……そうだな。アーレンファストの王、あの男が誰がと対等な関係を築くとは思えん。十中八九、侵攻とみていいだろう」


「やはりそうか。どちらにせよ、オーレアリアに登頂されてはエスカリエが不味かろう。今、アーレンファストが手薄になっていると考え、ここを討つということも考えねばなるまい」


「ふっ、やはり、閣下は手厳しいな。仮にオーレアリアに登頂されても、持ち手のいない武器に意味はないか。ここでアーレンファストを潰してしまおうと」


「常に最悪を想定しろということだ、オルヴェイトよ。忘れるな。我々には、神の加護だけでなく、未来視の加護もついているのだ。部隊を編成し、侵攻の準備を開始せよ」


「了解した」


 マリーは少しきな臭くなってきたと思うのだった。

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