33 完全なる世界の再現(プレイ・ザ・パラレル)前半戦
フリーダの武器は翡翠色をした刺突剣レイピアだった。マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンが最も得意としていた武器だ。フリーダはメイド養成学校でまだ幼い頃、学院生時代のカタリナの剣技をみて惚れ込んだのだった。
「《
フリーダのレイピアは光を纏った。
繰り出されるのは《完全なる世界の再現》、並行世界を召喚する力はその剣が辿ることができた軌跡を同時に召喚し、一振りのレイピアから複数のレイピアが召喚された。
マーガレットは、フリーダの行動可能な距離を予測し大きく距離をとった。空間に召喚された斬撃は、空気を切断する音をあげたのち雲のように消えてゆく。
《想いの力》が使えるもの同士の戦闘では、相手を倒しきるか《想いの力》の代償、抗えない睡魔により詠唱者が眠りにつくかで勝敗がきまる。
フリーダが《完全なる世界の再現》を使った時点で、マーガレットには戦わないという選択肢はなくなった。
《完全なる世界の再現》は、その剣が辿ることができる軌跡の召喚だから、剣の射程外にでれば攻撃はあたらない。
むしろ、下手に受けようとすれば予想外の攻撃が当たることになる。
マーガレットは十分な距離をとってフリーダの射程外にでた。
だが、フリーダは想力者であると同時に騎士だった。己の弱点を理解しているようで、身をしならせバネのように縮こまると、一瞬のうちにマーガレットの懐まで跳躍した。
マーガレットはとっさに左腕に装備していた小盾で受けようとした。
「これは――」
《想いの力》のかかっていない純粋な刺突攻撃。レイピアは盾を貫通し、マーガレットの頬をかすったものの、マーガレットは盾を左にずらし、レイピアは左後方に貫かれた。
「……腕をあげましたね。フリーダ」
マーガレットの頬を汗がつたう。
マーガレットは力を抜き、盾を放棄した。
「あれを避けましたの? 盾を過信すれば、左手ごと貫いてさしあげましたのに」
「それは、ごめんこうむりたいものです」
フリーダはレイピアを払って盾を飛ばした。
マーガレットは両手で剣を持ち直した。
今度は盾で受けることはできない。剣で弾くか、避けるか、この場合、《想いの力》が選択肢にある以上、先に詠唱したほうが優位になる。
「「《
二人はほぼ同時に詠唱し、マーガレットとフリーダの剣に光が纏った。
マリーの耳に無数の剣戟の音が聞こえた。マリーの手は痺れ、マリーの後方に剣が落ちた。刹那のうちに距離をつめられ、軽い気持ちで握った剣はいともたやすく打ち上げられた。
追撃の一撃がマリーに襲いかかった。
「あぶなっ――」
一瞬判断が遅れたら、体ごと真っ二つにされていたに違いない。巨漢の男ロイス・カルエルから振り下ろされた特大剣は、石畳を粉砕していた。マリーの視界に落とされた剣が映るが拾っている時間はない。
「《
マリーの手に淡い光が集まると、剣を拾いあげるまでの時間が圧縮され、落とした剣が召喚された。
「わざわざ、拾えばいいものを」
「拾っている間に殺されかねないからね」
《不完全な世界の顕現》、意図的に使ったのは初めてだった。
思った以上に眠気が来ないことを確認し、今度はしっかりと剣を握った。剣を握るのは初めてだったが、とてつもない既視感に襲われた。
さきほど、密林で男二人を体術で倒したことといい、誰かが自分の体に乗り移った感覚だ。
無意識にマリーはショートソードを下段後方に構えた。
ロイス・カルエルから次の攻撃が放たれた。振り下ろされた特大剣は、その重さと重力とを合わせて甚大な威力を発揮していた。
その反面、避けてみれば隙だらけなようで、軽い身のこなしで後ろにステップすると、マリーから斬りかかった。
下段後方からの剣は弧を描くような軌道をとり、遠心力とまさって、もっと重量のある剣だとより威力を発揮していただろう。
だが、マリーが斬りかかったところ、下から特大剣が現れた。
「なっ、下から!?」
特大剣は振り上げられ、マリーを空中で切り裂こうとしている。マリーは剣の軌道を変え、特大剣にぶつけた。
衝撃は空中へと流れたが、マリーは空へと打ち上げられた。ロイス・カルエルは腕を絞り、マリーの落下に合わせるように特大剣を突き上げる。
マリーは空中で猫のように体を捻って回避した。
「器用なやつめ」
地面に着地して、汗を拭う。べっとりとしたそれは、汗ではなく血だった。興奮のせいか痛みはない。
剣を構えて間合いをとる。ロイスは図体が大きいからか、必要以上に動こうとしない。
マリーは反時計回りに移動して、攻撃の隙を探す。呼吸を整えつつ、相手に目線の移動を強制させる。相手を正面に捉えながら移動するのと、目線だけ移動させるのでは、集中力の削れかたが違う。
「ええい、ちょこまかと」
特大剣が水平に打ち出された。マリーは屈んで回避する。ロイスは手首を返し、水平の軌道を上段へと切り替えた。特大剣が振り下ろされるが、マリーは右にステップし回避して、斬り上げが来ないよう、もう一度、再度右にステップした。
特大剣が叩きつけられ、砂埃が舞った。
「いける――」
特大剣は振り下ろされ、斬り上げもこない。
マリーは斬りかかるが、砂埃から現われたのは特大剣でなくロイスの左腕だった。
突然現れたロイスの左腕は、マリーの斬りかかろうとした腕を掴みとった。
見ると、特大剣は地面に突き刺さったままだ。ロイスは、剣を捨て体術に切り替えていたのだった。そのまま旋回するように勢いをもった右の拳がマリーの脇腹にはいった。
「いっ――」
ミシミシと肋が何本か折れる音が聞こえた。だがそれでも、このままタコ殴りにされるつもりはない。
マリーは剣を離し、振り子のように反動をつけて足を振り上げ、ロイスの腕に絡みついた。
顎があがれば、自然と重心は後ろに下がる。ロイスは体勢を崩し、マリーはそのまま腕を決めようとするが、ロイスに投げ飛ばされた。
マリーは猫のように着地し、ゆっくりと体を起こす。ロイスはマリーを視線に捉えながら、地面をまさぐり剣を拾おうとした。
二人とも剣を捨てたはずだったが、
「《
マリーの詠唱とともに、マリーの手に先程落とした剣が召喚された。
「……ちっ、インチキめ」
ようやくロイス・カルエルが苦い顔をした。
マリーは剣を正面に構えた。
「いいわよ。剣を拾うことを許可するわ。あなたは剣で決着をつけたいのでしょう。私も剣で決着をつけるつもりだわ」
ロイス・カルエルは、ゆっくりとした動作で特大剣を拾い、正面に構えた。
見ると、狐面の少女に、先程与えたはずのダメージがないことに気づいた。傷は癒え、血は乾き、とても死闘を繰り広げたあとの少女の姿とは思えない。
マリーのつけていた狐面が落ちて、赤茶色の髪がたなびいた。
ロイス・カルエルは思い出した。かつて、女王マリー・ルーン・エスカリエは《想いの力》を使い、一人で国を滅ぼしたと聞く。曰く、完全なる性質をもつ女王には、どんな傷もたちまち癒える力があるという。
「まさか……不死の女王……」
「《
マリーの剣から黄金色の光が放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます