32 ローズ近衛分隊 対 甲冑の男達

 フリーダの目論見は、マーガレットを失脚させてその地位から引きずり下ろすことだった。公衆の面前で問題を起こし、わざとことを荒立てて地位を剥奪する方法を考えていたが、この誰もいない密林ではそのような方法はとれなかった。


 では、マーガレット自らがその地位を下りるような出来事を起こせば済む、とフリーダは考えた。フリーダとマーガレットが決闘し、もし己の実力が陛下を守るに足らないものだと実感すれば、マーガレットは地位を返却せざる得ない。


 もちろん、主を放置しての一対一の死闘は、マリーは止めるのが正しい姿だろうが、ただ何も言わずマーガレットにうなずいた。


「わかりました。決闘をしましょう、フリーダ。ただし、命を奪うのは元の世界に帰ってからという条件つきで、この世界で死んでも意味はないでしょう」

「あら? 最初から死ぬことに意味はなくってよ」


 巨漢の男は仁王立ちをして、腕を組んだまま言った。


「では、ギース、そこの女たちはお前らにやろう。俺は狐面に用がある」

「りょ~か~い」


 さきほど囮役をしたギース・マイヤーは、背中に忍ばせていた短剣をとりだした。


 マリーとマーガレットが倒した四人もなかなかにタフらしく起き上がってきた。


(不味いわね、さすがにこの人数を相手だと、この子たちを守りきれない)


 と、マリーが思ったそのときだった。


 ローズはギース・マイヤーの前に躍り出て、胸ぐらを掴み、勢いよくギースの顔面に頭突きをした。


「ぐぁあ、はっ、何しやがる!」


 ローズは、ギースが斬りかかろうとした腕を掴み、小手を返して短剣をうばい、突き飛ばしてギースに尻もちをつかせた。ローズは奪った短剣を落とし、短剣は音を立てて転がった。


 ローズの後ろから女子たちの歓声が聞こえた。


 マリーはとんでもない勘違いをしていることに気づいた。ローズ近衛分隊は、非正規ながらも王宮に仕える騎士の予備軍だ。マーガレットのせいで過小評価されていたが、ローズ近衛分隊は言うまでもなく強い。


「我の同士に傷一つつけてみろ。このローズ・ヴァレンシュタインが、貴様らの相手をしてやろう」



 エスカリエ騎士は、基本的に左手に盾、右手に剣を装備する。全身に甲冑を着込むため、回避よりも受けることを重視したものだ。それらは騎士養成学校と学院の騎士クラスに受け継がれていた。


 だが、ローズ・ヴァレンシュタインの持つロングソードは、両手持ちを前提としたもので、ローズは盾を装備していなかった。急所の部分は甲冑をつけているが、他の部分は楔帷子で、柔らかな質感と相反する筋肉の隆起がうかがえるほどだ。


 ローズから放たれた横薙ぎの一閃は、いともたやすく躱され、がらんどうになった脇腹にショートソードがはいりこんだ。


 ローズは後ろにステップすると、入れ替わるように全身甲冑をしたケイト・アンダーウィルが現れ、その剣をハルバードで弾いた。衝撃は音に変換され、辺りに拡散した。


 再び、ローズの横薙ぎの一閃が今度は逆の方向から放たれた。男は、身をのけぞるように回避するが、隙ができた男にアリア・トルストイがスピアを構えて突進した。スピアは甲冑で弾かれるも、男の体勢が崩れた。すかさず、ルイーゼ・ラトリックのメイスが男に叩き込まれた。


「がはあぁ」


 斬撃をある程度無効化する鎧でも、打撃攻撃の衝撃まで打ち消せるわけではない。


 スローシャ・ベルンシュタインは弓を放ち、支援に入ろうとした男を牽制した。


 これがローズ近衛分隊の戦闘スタイルだ。ローズが盾をもたない代わりに、甲冑の少女たちが盾役になる。


「死にましたか?」

「人間そう簡単に死ぬもんじゃない。念のため、もう一発、ぶちこんどく」


 剣をとられ、仰向けに倒れた男にもう一度、メイスが振り降ろされた。甲冑を伝達する衝撃、簡単には起き上がってこれない。


 単純な剣の腕前なら互角だったろうが、連携のとれたローズたちを相手をするには、男たちでは力不足だ。


「相変わらず、無能ね」


 フリーダは男たちに吐き捨てた。


「いいわ。ここだと邪魔になるから、私たちは向こうに行きましょう。ねぇ、ルイス」


 巨漢の男は黙って顔を動かした。付いて来いということだろう。


 マリーは一応、倒された男の剣を拾った。刃こぼれのあるショートソードだったが、お守りくらいにはなるだろう。


 フリーダ、巨漢の男の後に、マーガレット、マリーが続いた。


 茂みを抜けると窪地があり下は石畳になっている。剣を振るにはうってつけの場所だ。


「話に聞くと、この窪地は隕石によってできたらしいが、まあ、それはどうでもよいか」


 石畳の中央のほうへと行くと、男は振り返り、似合わないマントが翻った。


 マーガレットとフリーダは反対側で戦うようだ。


 たぶん、マリーが危機的な状況になれば、マーガレットはフリーダを無視してマリーの助太刀に入るだろう。しかし、マリーとてそんな状況にしたくない。


 マリーは自分が倒す勢いで剣を構えた。

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