31 接敵

「さてと」


 マリーは元の世界へ帰る方法のために思考を巡らせた。


「まずは、現状を整理しましょう。私とマーガレットは、今日、猫の被害にあったアリアの宿舎へ行ったあと、噴水広間で《不完全な世界の顕現》の力を受けて、この密林の世界に召喚された。そして、何故かこの世界にローズたちも召喚されていて、アリアは無事だった」


 マーガレットが補足した。


「仮に『魂を食らう猫』の力が、《想いの力》、たとえば《純真たる魂の共鳴》のように別の並行世界へ魂を移動させる力だったなら、アリアの魂が並行世界を彷徨い、その後、肉体が召喚されることで、魂が共鳴し復活したと考えることができます。しかし《純真たる魂の共鳴》には復元力がありますから、より上位の《想いの力》を行使されたと考えるべきです」


「そうね……」


 魂を強制的に移動させるなんてまるで神の所業だと思った。アルストロメリアは神だと聞いていたし、ありえなくはないのだろう。


《純真たる魂の共鳴》で皆を学院に戻したとしても、復元力があるのでこの密林に戻ってしまう。

 だったら《不完全な世界の顕現》でもう一度逆召喚することも考えても、そこが学院のある似た別の世界だったときを考えると、余りにもリスキーだった。


 石畳のほうへ足を進めながら考えた。ここが別の並行世界と分かった以上、《想いの力》で帰るしかないが、そんな都合のいい《想いの力》は知らなかった。


《想いの力》は、並行世界を召喚する力であって、想像を現実化する力ではない。

 この力はいわば、


「――可能性の召喚」


 マリーはふと足を止めて、身を屈めた。


 些細な違和感、来たときと違う草の倒れ方、清涼な空気にまじった汗の臭い、決定的な証拠はないのに変化があったと感じざる得ない。


 直感、野生の勘、第六感に近い感覚がマリーのセンサーに反応した。


「誰か、いる」


 ローズたちは、半信半疑なようすで、マリーに言われるがままに動きを止めた。


 野生の動物ならいざしらず、この世界に人間がいることは危惧すべき問題だった。それが、複数人で待ち伏せという形で現れたのなら、敵意を感じるのは自然な成り行きだ。


 マリーは狐面をつけると、茂みに向かって声をかけた。


「隠れていないで、出てきなさいよ。こんな人数で待ち伏せて、何のつもり?」


 ローズたちは、さっきまで誰も見えなかった茂みに数人の男たちが居ることに気がついた。一、二、三、四と視界に捉え、合計で七人を確認した。


「そんな馬鹿な、さっきまで誰もいなかったはずなのに」


 マーガレットは剣を抜いた。


「騎士養成学校では、気配の殺し方を習うと聞きます。それは、ものに扮するというよりも、見えているのに認識できない領域に達する技術です。ですが、敵意がむきだしでは意味がないものです」


 すると一人の男が前にでてきた。黄色の短髪に甲冑を外した制服で、手のひらをこちらへ見せて、腰に剣も携えていない。


「いや~、ごめん、ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。道に迷っちゃってさ~」


 大げさな身振り手振りで演技をする男を合図に、数人の男が背後に回ろうとしたのをマリーは見逃さなかった。


「マーガレット!」

「はい!」


 マリーは右の茂みから回ろうとした二人に、相手の勢いを流す体術で一人目を一回転させ背中から落とし、二人目は背を低くして肘をみぞおちに当てた。一連の動作で二人の男が倒れ、うめき声をあげて悶絶した。


 マーガレットは左の茂みから回ろうとした二人に、足鎧に剣を当ててこかし、二人目の腹に剣の柄を当てて、体勢が崩れたところを引っ張って、一人目が倒れているところにぶつけた。


 待ち伏せに成功すれば、前方と背後からの挟撃。待ち伏せがバレれば、剣をもってない囮役が気を取ってる間に背後をとる。騎士クラスならば、学院のカリキュラムで習う手法だ。


「あなたたち、どこかで見たことがあると思ったら、この前ローズたちと揉めてた甲冑の男集団ね」


 正体がバレた男たちは、冷や汗をかき、ばつが悪そうな表情をした。



「やはり、お前が邪魔をするか。また狐面のお前が」


 巨漢の男ロイス・カルエルは茂みから現れた。いつかマリーが殴った覚えのある顔だ。


 そばの木には、翡翠色の剣を磨くフリーダの姿があった。フリーダはその刺突剣に息をかけると反射した光にマーガレットの像が映った。


「いいわ。あなた達は下がりなさい。その女は、私が相手をするわ」

「フリーダ!? なぜ貴公が……!? その男たちと一緒にいるのだ?」


 フリーダはローズの声にため息をまぜつつ言い放った。


「簡単な話よ。その野郎どもを雇ったのは、私で。私が手引しただけという話よ。あなたが学院で情けない声をあげたのも私のせいということ」


「冗談はよせ、フリーダ。第一、なぜフリーダがこの男たちを雇う必要があるのだ? もとより、我々は友達だったろうに?」


「友達ですって? あなた達みたいなお遊びな集団と一緒にしないでちょうだい。犬みたいに群れないと、禄な戦力にならない屑共が。私は前から、気に入らなかった。己の限界を勝手に決め、剣に怠惰だったあなたたちが」


「何をいうか! 我らだって、真面目に研鑽を積んでいる!」


「ローズ。あなたは気づいてないようだけど、あなたは昔より弱くなったわ。それが、後ろの四人のために、わざと手を抜いていることに気づいたときには反吐がでたわ。あなたなら、私と互角に戦える相手だと思っていたけど、それも無意味だった」


「フリーダ……」


「あっはっはっはっ! 相変わらず、弱気になると捨てられた犬みたいな顔になるのね。いいわ、最初の質問にも答えてあげる。マーガレット・ルイス・アステリカが私の憧れに泥を塗ったからよ。私の芸術アートに」


 フリーダは刺突剣をマーガレットに向けていった。


「マーガレット・ルイス・アステリカ! 私と決闘をしなさい! 私の憧れを汚した罪、そして誰がマーガレットにふさわしいか証明してさしあげましょう!」


「――――!」

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