34 完全なる世界の再現(プレイ・ザ・パラレル)後半戦

「「完全なる世界の再現プレイ・ザ・パラレル」」


 二人はほぼ同時に詠唱し、マーガレットの剣、フリーダのレイピアに光が纏った。


《想いの力》は存在可能な世界を召喚する。その剣が辿ることができた軌跡を、時間という概念を超越して、その瞬間に召喚する。


 数千の斬撃を召喚するのであれば、数千の剣を振ったという事実がなければ召喚はできないし、数千の斬撃を弾くのであれば、弾くことができたという事実がなければ召喚はできない。


 フリーダがレイピアの刺突攻撃をし、マーガレットが剣で弾く、という一連の流れを何千回も繰り返した事実の召喚が、《完全なる世界の再現》により圧縮され、刹那のうちに完結していた。


 そして、詠唱者が本来負うはずだった疲労が、抗えない睡魔として現れる。


 フリーダのレイピアは十の残像を見せ、実体となってマーガレットに放たれた。マーガレットはそれに対応する剣技を十通り召喚してレイピアをいなした。


「相変わらず規則通りの動きですわね。学院で習ったとおり、教本どおりの動きですわ」


「これが合理的な動きというわけです。無駄のない最適化された動作はどんな状況でも対応できる力となります。人から習ったことを、己で体現する。これが学びというものです」


 マーガレットは次の十のレイピアに対応する剣技を召喚した。単純な戦闘であれば、一度に数回の斬撃を召喚すれば決着はつく。

 だが、マーガレットには数回の斬撃であれば対応できるだけの実力があった。


 もとよりメイド養成学校の一位と二位、剣の腕前だけでなく、体術、座学まで同じ境遇で習った仲だ。互いに相手を知ってるからこそできる技だった。


 一日に千回振れるのであれば、単純計算で百の応酬が生まれる。しかし、フリーダはマーガレットを出し抜こうと十あったところを二十にし五十にし不規則に手を変えた。


 マーガレットはそれに対応する剣技を追加で詠唱するので、その分、抗えない睡魔もひどくなる。


「――――っ」


 マーガレットに脳裏に抗えない睡魔が侵食していく。


 フリーダはその隙を逃さなかった。強烈な引きから繰り出されるのは、強烈な突き。跳躍をはさむことで、射程外からの攻撃を可能とする。


 その一閃は、マーガレットの頬に一筋の傷を生じた。


 フリーダはクルクルとレイピアを回しながら言う。


「アートですのよ。アート。ルイス、人を突き動かす原動力は何だと思います? 憧れ、想像力、夢、人はそれを総合してアートと呼びますの。おわかり?」


 マーガレットは距離をとって体勢を立て直した。


「芸術ですか、私も少しは嗜んでるつもりですが」


 会話の間に呼吸を整える。抗えない睡魔が侵食するのは、マーガレットだけではない。


「そういうことではなくて、ルイス。私がいいたいのは、あなたのあなたらしさの部分」


 フリーダの次のレイピアが辺りに召喚される。


「……? 何が言いたいのですか?」


「ルイス、人を突き動かすのがアートだというならば、あなたのアートは何だと思いまして。あなたの好きなことは? 好きな食べ物は? あなたが憧れた人は?」


 マーガレットは召喚されたレイピアを弾きとばした。本来ならば、召喚されたレイピアは運動状態を内包している。


 フリーダが周囲に展開するレイピアは静止状態に見えた後、速度をもってマーガレットに襲いかかる。それは、フリーダの剣が静止状態にみえるほど遅くなっていることを意味していた。


「私がお使えするのは、マリー・ルーン・エスカリエ様のみです」


「――――!」


 フリーダの脳裏に睡魔が侵食する。思考を鈍らせ、強制的な絶は抗えるものではない。


 リンド・リムウェルが考察していたように、並行世界と現実世界の区別がつかなくなって生じるものだ。


 見えるものは、二重、三重に見え、音は反復して聞こえ、現実世界へ戻れなくなる。


「私は知っていますのよ。ルイス、あなたは甘いものが好き。柄にもなく、後輩の面倒をみるのが好き。忠義を果たすのはいつも一人だけ」


「フリーダ! それ以上《想いの力》を使ってはいけない! 戻れなくなる!」


「構いませんわ。ずっとあなただけを見てきた。ずっとあなたに追いつこうと必死に努力してきた。カタリナ様への憧れはいつしか、交差するようにあなたへと変わった……」


 召喚された四つのレイピアは、合わせ鏡に映った像のように、現実のレイピアが落ちると呼応して地面に落ち消えていった。


 マーガレットは、脱力したフリーダの体を抱きかかえるように受け止めた。


「ねえ、ルイス。カタリナ様がいなくなり、あなたまでいなくなってしまうと、私は何のために生きればいいの。どうして、誰も私の元からいなくなってしまうの……」


 フリーダの想いがそこにはあった。


 カタリナ・アルスバーンはいなくなり、メイド養成学校からずっと追いかけてきたルイス・アステリカはマーガレットになった。それは時間の流れとともに、憧れの消失を意味していた。


 それがフリーダ・ユスタナシアが喪ったもの。芸術アートだった。


「フリーダ、私はどこにもいったつもりはありません。マーガレット・ルイス・アステリカ、あなたの友達です」


 マーガレットの言葉を聞いて、フリーダは安心するように眠りについた。


 その最中、フリーダは一つの幻影をみた。フリーダ、マーガレット、ローズが仲睦まじい学院生活を送る幻影。

 それはあったかもしれない、もうひとつの世界だったのかもしれない。


「……友達ですか。それもまた、アートですのよ」



 フリーダが目を覚ますと、マーガレットの膝の上で仰向けに寝かされていた。体中が痛く、しばらくは動けそうにない。視界には、ロイス・カルエルと狐面の少女が戦っている様子がみえた。


 激闘の末、狐面が剥がれ、赤茶色の髪がたなびいた。


「あの方は……」

「見てください、フリーダ。あの方こそ、この世で最も偉大なお方、私たちを導いてくださるお方です。その名を――マリー・ルーン・エスカリエ。唯一にして無二たる女王陛下です」



 マリーの剣から黄金色の光が放たれた。


「《完全なる世界の再現プレイ・ザ・パラレル》」


 かつてアマリリスは完全なる世界を顕現しようとした。そのとき使ったのが《完全なる世界の顕現》。


 しかし、その力は不十分であり、ありのままの並行世界を召喚する《不完全な世界の顕現》となった。


 そして月日は経ち、もう一度、アマリリスは完全なる世界を顕現しようとした。


 詠唱されたのは《完全なる世界の再現》、完全なる世界の一部を召喚する力だが、たちまち元の世界へ戻ってしまう失敗作だった。



 ロイス・カルエルは特大剣を正面に構えた。


 黄金色の光は、空間を切り裂き、新たな世界を投影していた。それは、同時に存在する並行世界の断片であり、これから起こる未来の暗示だ。


 分岐した並行世界の残像は、あらゆる世界を映しだすが、その世界にマリーが敗れる世界は存在しない。


 刹那、ロイスは自分の腕が斬られる世界を見たと思ったら、現実の腕に一筋の切り込みが入り、どっと赤い血が溢れ出した。


 右肩を貫かれた世界を見たと思ったら、右肩に激痛が走った。抉り取られたように、右肩に突きの痕跡が生じる。


「なんだこれは!?」


 ありとあらゆる世界で屠られていた。なによりもロイスを恐怖させたのは、マリーがその剣を振り終わってないことだ。無限に引き伸ばされた世界は、徐々に死が迫ってくる感覚を覚えさせる。


 ロイス・カルエルは特大剣から力を抜き、地面へ落とした。


 完全なる敗北、強者による弱者の蹂躙がそこにはあった。


「……降伏する。俺の負けだ」


 マリーはその言葉を聞くと、黄金色の光は収束し、現実の剣のみがその場に振り下ろされた。


「よろしい」

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