35 帰還 ~カエルは埋めるもの~
日は沈みかけていた。
マリーは全てが終わったことを確認すると、剣を落として石畳にへたり込んだ。気を抜いた瞬間、どっと達成感と疲労感に襲われた。
「おーい、マリー殿、無事かー」
遠くからローズの呼ぶ声が聞こえた。見ると、互いに肩を貸し合う五人の少女の姿があった。
マリーはもうひと頑張りと立ち上がった。
「マリー殿、無事でなりよりだ。我ももっと早く倒していれば助太刀できたものを」
ローズに握られた手はぶんぶんと振られ、まだまだ元気だと思った。
流石に、この鬱蒼とした密林に甲冑の男たちを放置はできないとのことで、ローズたちに倒した男たちを石畳に連れてきてもらい、一人ひとり縄で縛っていった。
「マーガレット。フリーダの様子は」
「はい。命に別状はありません。ただ、すこし力を使いすぎたようです」
フリーダは気を失って安らかに眠っていた。
ロイス・カルエルは抵抗もせずローズに縛られていた。
「殺さないのか? 生殺与奪の権は勝者にある。生かすか殺すはお前次第だ」
「何のために? 殺す意味がないもの」
ローズはマリーに頭を下げた。
「マリー殿、おこがましいと重々承知だが、何卒、フリーダには寛大な処置をお願いしたい」
疲れているはずのマーガレットも立ち上がり、マリーに頭を下げた。
「マリー様、私からもお願いします」
「マーガレットまで」
(フリーダ、あなた、愛されてるのね)
と、マリーは思うのだった。
考えてみれば、この者たちの処遇を王宮の神官、特にヴィルヘルムに任せるのはマリーとて気が引ける。見方によれば、女王暗殺の嫌疑までかけられる。規則を重んじるヴィルヘルムなら極刑は免れないだろう。
「いいわよ。私も可能な限り手を尽くすわ」
「おお、有り難いお言葉、感謝する」
さて、一段落ついたところで、マリーはもう一つの問題に当たらなければならない。ここは密林で、マリーたちは遭難中だ。最悪なことに日が暮れてきた。雨でも降ればひとたまりもない。
ローズたちに命じて、男たちを石畳の一箇所に集めてもらった。マリーたちは夜の暖をとるために、火を起こしていた。
そのとき、ガサガサと石畳に隣接する茂みが大きく揺れた。
あいにく、マーガレットもローズたちも疲弊していて戦えそうにない。ショートソードは刃こぼれがひどくて使い物にならなかった。
マリーはローズの剣を借りると、茂みに対して剣を構えた。このロングソード、見かけに反して重くない、むしろ、持ち手はマリーの手にすごく馴染む。
この密林では、蜘蛛、蛇、熊と出会ってきたが、今度は鬼が出るか蛇が出るか。
ガザガザと音の主がマリーの前に現れた。
「なっ!?」
それは、両翼を広げた鳥のような姿で、羽ばたくわけでもなく、浮遊していた。
頭上には金の輪があり、その輪から謎の浮力を得ていると考えると、天使と形容するのが妥当だろう。
しかし、ずんぐりむっくりとしたまん丸な体は湿っていて、何を考えているのか分からない、いや、何も考えていないだろう横ばいな目がマリーの姿を捉えていた。
カルヴェイユだ。
マリーは数回、目をぱちくりさせたあと、あの忌まわしきカルヴェイユだと理解して斬りかかった。
「問答無用! 死ねぇ!」
「危ない!」
「あんたはここで倒しておかなきゃ行けないする気がするわ。とりあえず、死ねぇ!」
「そんな曖昧な理由で!?」
マリーが攻撃するも、カルヴェイユから数センチメートルの空間に、まるで磁石の同極が反発するような斥力が働いて、剣は弾き返された。
「?」
「危ない、危ない。アマリリス様が放棄された世界に《想いの力》の波動を感じて来てみれば、危うく殺されかけるとは」
「あんた、不死とか言ってなかったかしら?」
「それはアマリリス様の武器でございましょう? ワタクシとて神の武器で攻撃されると無事では済みませぬ」
「それは、いいことを聞いた気がするわ。しかし、あんた、その姿どうしたのよ? 変なものでも食べた?」
「これはマリー様に投げられたあと、本当に翼が生えてきまして。見てくださいまし、この翼を。これでマリー様に投げられても、この翼で天を駆けることができますゆえ、すぐに戻ってこられましょう」
「では、埋めましょう」
マリーはカルヴェイユを地面に埋めたのだった。
「マリー殿。どうかされたか?」
ローズが心配して見に来たので、カルヴェイユに多めに土をかけた。
「いえ、珍妙な生き物がいただけだわ。大丈夫よ」
「?」
「ん? カルヴェイユ、あなたどうやってここに来たの?」
「うっぷ、ワタクシには時空間の概念は通用しません。水を泳ぐように、空間を移動できれば、時間も移動できますゆえ。うっぷ」
「あれ? あんたなら、私たちを元の世界に帰すこともできるのかしら?」
「可能でございます。ワタクシの《想いの力》ならば、元の学院の世界を召喚することができましょう。てか、ちょっと、土かけるの止めてください。うっぷ」
「なら、お願いするわ」
「まったく、土塗れになったじゃないですか、もう」
土から這い出てきたカルヴェイユは、さながら冬眠から目覚めたカエルのようだ。
「《
カルヴェイユから光が生じた。光は水面に落ちた雫のごとく空間を揺らし世界を書き換えた。
石畳にいた皆が光に包まれると、マリーの視界が回復した。見ると、五階層分の吹き抜け、壁には本が敷き詰められていた。
学院へと戻ってきた。マリーは安堵して石畳にへたりこんだのだった。
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