18 本探し
エクアトール学院の蔵書は五十億点とも言われている。エスカリエ王国でつくられた本はまずエクアトール学院で写本が造られ保存される。
研究室と繋がっているので、論文と論文のなりぞこないも蔵書にカウントされる。
エスカノール学院には図書館司書がいる。雇用目的でつくられた職なので、全員がエスカリエの卒業生だった。
その卒業生の一人、図書館司書のシグルス・ニーテンベルクは「はあ」とため息をついた。
学院を卒業して以来、シグルスは勤めて二年になるが、未だにすべての本の位置を把握できていない。
もっともこれならまだいいのだが、図書館司書だからといって、生徒たちに把握できていない本の在り処を聞かれ日々奔走する毎日を送っていた。
今日も今日とて、一人の生徒がシグルスの前にやってきて無茶振りをするのだった。
ただし、その生徒は学院の生徒ではなく、狐面をした女王マリーだと知るよしもない。
マリーは学院一階層からしらみつぶしに本を探しはじめた。ローズたちには時計回りに探させ、マリーたちは反時計回りに探した。
マリーは第一階層の本をみて、吹き抜けから地下の階層もみて、気の遠くなる作業だと感じた。
「しかし、多いわね。誰かが管理してないの?」
「私も本を使うときは、人から聞いた話が多いですから。あの本はここにあって、あの本は役に立つとか、伝聞でしか聞いたことありません」
「一応、学院には図書館司書がいます。司書長であるユリウス・ランダウアー様は全ての本を把握していると聞きます。しかし、かの御仁はなかなか学院には現れないようです。研究室に引きこもって永遠に写本を造っているとか」
「本を探すか、その司書長を探すか、ね」
リンドに目をやると一冊の本に夢中だった。リンドの本探しが進まないのも、リンドが本好きのせいかもしれない。
マリーは適当に本棚から一冊とると開いてみた。勇者と魔王と伝説の剣のファンタジー冒険小説。作者はエドガー・ヒューストン。マリーは興味をそそられたが、本の背をみると101巻の文字。全巻読破するまで十年はかかりそうだ。
「それは結構おすすめですよ。一巻でまとまってますから、途中から読み始めても問題ありません」
「あらそう? なら借りてみようかしら。……って、私の本を探しに来たわけじゃないんだけど」
といいつつ、マリーは本を抱えて次の本を探した。
二冊目の本は画集だった。エスカリエ城、エスカリエの街並みの油絵だ。パラパラとめくると、女王マリーの肖像画もあった。王宮にある絵画の模写のようだ。
作者は、フリーダ・ユスタナシア。
ん? と思いマリーは画集の表紙に記載してある作者名を指さして、マーガレットに聞いてみた。
「ああ、それはフリーダがメイド養成学校に入る前に描いたものです。メイド養成学校中にも出してましたね。ほら、ここに」
本棚の下段一列がフリーダの著作の画集で埋まっていた。
「すっごい。彼女、画家の適正もあったってことよね? なんで画家の道を選ばなかったんだろう?」
「適正があるからといって、本人がやりたいこととは違うことがありますからね。フリーダは今、私と同じ、メインクラス騎士、サブクラス想力者だったと思います」
なるほどと思いつつ、フリーダの画集も数冊抱えた。カルネラはすでに三冊の本を抱えていた。
本というものには時間を浪費させる特殊な力があるのかもしれない。
ちょうど円形の廊下の半分のところで、ローズたちと合流した。「メアリー殿ぉぉぉぉぉぉ」と足早に駆けてくる五人は各々気に入った本を抱えている。
「見てくれ、メアリー殿。著、カタリナ・アルスバーン。かの偉大なマルガレーテ・カタリナ・アルスバーン様の本だ。女性騎士として名を上げたかの御仁から、何か得られるものがあるのかもしれない」
どれどれと本をめくると、伝説の剣をもった勇者と魔法使いの冒険譚だった。何もない所から水を出したり、火を出したりしている。どうみても騎士の指南書ではないようだ。
「伯母はかなりの妄想家だったと聞きますから」
とカルネラは肩をすくめた。
一応、マリーは他の少女たちの本も確認した。
ローズ、『アタラクシア冒険譚』『剣技とその応用』
近衛分隊員一『美味しいスイーツ名鑑』『簡単お菓子作り』
近衛分隊員二『動物図鑑』『言語学習』
近衛分隊員三『居合と抜刀』『数理科学入門』
近衛分隊員四『応用科学入門』『らくらくパラダイス~男達の花園~』『地に馴染んだ精神』
よし、リンドの探している本はこの中にはなさそうだ。
「メアリー殿。そもそも我々は何の本を探してるのだろうか?」
あ、とそういえばマリーは本のタイトルをリンドから聞いていなかった。
「なんだ、知らないで探してたのかい? すっかり探してくれてるから知ってるものだと思ってたよ。僕の探してるのは『第五次元空間の完全性の喪失』という本だよ」
立ちながら本を読むリンドリムウェルは次のページをめくった。
本のタイトルがわかると話ははやい。図書館司書をとっ捕まえて聞き出せばいい。
マリーは第二階層にあがると、手頃な図書館司書をみつけ、ついでに本の貸出を依頼した。
「もし、ちょっといいかしら?」
「はい。なんでございましょう」
シグルス・ニーテンベルクは笑った表情をつくり対応した。
「本を探してるの。『第五次元空間の完全性の喪失』って本はあるかしら? あと、この本を借りたいのだけれど」
「畏まりました。確認いたします」
シグルスは何百枚も束になった帳簿を目にもとまらぬ速さでめくっていった。本を借りるのは簡単だったが、探している本は手間がかかりそうだ。
シグルスは慌てた様子で複数の帳簿を確認して、おそるおそる本の在り処を言ってきた。
「申し訳ございません。『第五次元空間の完全性の喪失』は只今貸出中でございます」
この場合、本が返ってくるのを待つか、今借りてる人のところに行って交渉するかの二択だろう。
シグルスは続けて申し訳なさそうに言った。
「それが、借り手名が女王陛下、マリー・ルーン・エスカリエ様なんですが……」
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