17 仮面のある生活

 後日、王宮の洋服部屋でマリーは鏡とにらめっこをしていた。狐面をはずしたりとったりしている。鏡は二つあり、合わせ鏡になっていた。


「やっぱ、仮面ないと駄目なのよね……」


 マリーはどうしても仮面の無い生活を望んでいた。すでに偽りのマリーという仮面をかぶっているので、もはや手遅れだと思うのだった。


「これはこれはマリー様、ご機嫌麗しゅうございます」


 合わせ鏡で何重も重なった像の先、映り込むはずのない鏡の中に喋るカエルがいた。


「どこから現れてんのよ、カルヴェイユ。てか、どちらかというと不機嫌なんだけど」


「《想いの力》の波動を感じたので様子を伺いにきた次第でございます。ふむふむ、《純真たる魂の共鳴》ですか、アマリリス様の《正当なる観測者の権限》をすごく弱くしたものでございますな」


「語彙力がなさすぎて、全然説明になってないんだけど」


 カルヴェイユはぴょんぴょんと鏡の中を歩きまわる。それに合わせてマリーは鏡を叩いてカルヴェイユを落とそうとした。


「《正当なる観測者の権限》、それは見事な《想いの力》でございました。しかし、使用したのは一回のみ。今は世界で使用できるのはアルストロメリア様だけとなっています」


「アルストロメリア?」


 聞き慣れない人名にマリーは疑問符を浮かべた。そもそも人名なのかすら怪しい。


「アルストロメリア様はマリー様と同じアマリリス様から生まれた存在でございます。いずれ、マリー様も相まみえる日がきましょう。むむむ、今度はこちらから大きな波動が」


 カルヴェイユはそういって何重にも重なった像の向こうの方へと消えていった。


(アルストロメリアね……。アマリリスが母親なのだとしたら、アルストロメリアは妹になるのかしら?)


 とマリーは考え込んでいた。



 エスカリエ王宮。マリーはマーガレットを連れて歩いていると、置物の影からカルネラが現れた。


「マリー様、昨日の首謀者を特定しました」

「ちょっと、心臓に悪いわよ。ただでさえ影が薄いんだから、影から現れるのやめて」


 特に理由のない言葉がカルネラの心に刺さった。


「で、何だったの? 昨日の出来事は」

「フリーダ・ユスタナシアが仕組んだことでした。彼女はマーガレットを失脚させるのが目的のようです」


 フリーダ、フリーダ、とマリーは一昨日の記憶を思い起こす。


「マーガレット、何か恨まれるようなことしたの?」


「いえ、私の記憶にはございません。彼女は私と同期でメイド養成学校の二位、成績も悪くありませんでした。短気な性格でひんぱんに私に勝負をふっかけてきましたが、毎回私の勝利だったのであまり覚えていません」


 ああ、そうか、とマリーはマーガレットにも原因があると察したのだった。


「ねえ、マーガレット。他にフリーダの特徴とか覚えてる?」


「そういえば、フリーダはよく一人稽古をしていました。私は22時には就寝、6時に起床の規則通りの生活をしていました。今思えば、フリーダは努力家だったのかもしれません」


(そりゃ頑張って努力したのに、何もやらないやつに追いつけなかったら苛立つわよ)


 としみじみ思うのだった。


「マリー様、いかが致しましょう? 暫く学院へ向かうのを控えたほうがよろしいかと」


 カルネラの進言にマリーはもちろん頷くはずもなく、


「何いってるの? 泳がせるに決まってるじゃない」


 と言ったのだった。



 結局、マリーは今日も狐面をつけることになった。仮面とは、本来の自分をさらけ出すのにうってつけなのかもしれない。


 学院の入り口には、アルストル家の野良猫がいた。リンド・リムウェル・アルストルも一緒だ。


「ミーヤは存外、姫様を気に入ってるようだ。これだと僕がミーヤの同伴なのか、ミーヤが僕の同伴なのかわからなくなる」


「まだ本を探しているの?」

「まだ見つかってない。まあ、別にないならないでいんだ。無いとわかれば創ればいい。有るのか無いのかがわからないのが問題なんだ」


「生きているのか死んでいるのかみたいな言葉ね。ねえ、箱の中の猫で生きている猫を観測すると、死んでいる猫はどこへいくのかしら?」

「さあね。僕は知らないよ」


「メアリー殿ぉぉぉぉぉぉ」


 赤髪の甲冑のローズが、甲冑の少女四人を連れて走ってきた。昨日のことを引きずっていない様子でマリーは少し安心した。ローズとその四人はV字型の隊列をくみマリーの前に跪いた。


「我が君、メアリー殿。配下ローズ・ヴァレンシュタインが馳せ参じました!」


 一応、ローズは騎士もどきであり、いつかマリー女王陛下の騎士になれたならという予行演習のつもりだ。ローズにもその自覚がある。

 しかし、メアリーとはマリーであり、ローズは気づかぬまま夢を果たしていた。


「ローズ・ヴァレンシュタインと我が配下達よ。最初の命をくだしましょう」


 マーガレットとカルネラはマリーの命令を察してすこし表情を緩めた。


「跪くの禁止! あとカルネラみたいに影であること!」


 不意打ちの言葉がカルネラの心に刺さった。


 さて、人数は集まってきたけど、マリーは学院の生徒でもないでやることもない。ボーアにも仕返しをしたし、かといってローズを連れて王宮に帰還するわけにもいかない。


 ふと、マリーの視界に白衣をひきずっているリンド・リムウェルの姿が映った。


「ねえ、リンド。本探し手伝ってあげようか?」

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