16 黒幕

 マリーは詠唱したあと、ローズたちを連れて一階層まで上がっていた。


「逃げられたみたいね」


 ローズが一階層から下を覗くと甲冑の男たちが慌てている様子が見えた。


「あれで見えてないのですか?」

「完全に見失っているわね。滑稽だわ」


 マリーはニヤニヤと笑った。


「《純真たる魂の共鳴》、別の並行世界に魂を移動させる力。相手の魂をみちずれに移動することで、体験したと錯覚させることが可能。復元力があり、変わった世界は自然と元の世界に戻る性質がある。つまり、彼らは別の世界でマリー様と対峙し続けていると認識し、本来の世界では自分たちは逃げていた。世界が戻ったときには逃げたあとの世界があり、彼らは消えたと錯覚する、というわけですか」


「カルネラ、お見事。だいたいそんな感じよ」

「しかし、マリー様。流石に無茶がすぎます」

「だから、ごめんって言ったじゃない」


 マリーはマーガレットにきつめに叱られた。


「メアリー殿!」


 ローズはマリーの手を強く握った。


「先ほどの《想いの力》見事であった! 貴殿には感謝しかない。マリー女王陛下は《想いの力》で一国を平定したと聞く。貴殿のそれはまるでマリー女王陛下のようだ!」


「え、そう? じゃあ、私たち行くからね」


 マリーはローズに正体がバレないうちにこの場を去ろうとした。だが、ローズはマリーの手を離さない。


「あの、ローズさん?」

「その……私は、マリー女王陛下に忠誠を誓っている。でも、己の力不足は理解しているつもりだ。だから、その、マリー女王陛下に騎士として認められるまででいい。どうか私達を貴殿の配下にして頂きたい!」


「はいか?」

 


 エスカリエ王宮。マリーは寝室の枕に突っ伏していた。


「まあ、マリー様。正体がバレなかった分、良かったんじゃないでしょうか。ローズもマリー様をメアリーだと勘違いしているようですし。メアリー様としての配下ならヴィルヘルム様の承認も必要ないでしょう」


「それはそうなんだけど。なんかさ、私、狐面なしで学院に行ってみたかったのよね。それが遠のいたと思うと泣けてくるわ」


「心中、お察しします」

「そうえいば、今日あったゴロツキはどうなったの?」

「すでにカルネラに命じております」



 カルネラは黒のマントを身にまとい。今日問題を起こした男集団を追っていた。カルネラの影の薄さは、夜の闇に溶け込んで完全に気配を消していた。


 甲冑の男たちは、とある宿舎の前にとまり明かりが付き誰かがでてきた。


「あれは――」


 貴族服に、扇子、縦ロールの少女。フリーダ・ユスタナシアだ。


「この無能ども」


 開口一番、フリーダは男たちを叱責した。


「ルイス・アステリカを釣ればいいだけなのに、なぜ? 失敗したのかしら? ルイスが挑発にのって問題をおこせば彼女は失脚する。そういう手筈だったのよねぇ?」


「邪魔者がはいった。かなりの手練れだ」

「そうそう、狐面をしたふざけた女だった」


「狐面? そういえば、ルイスと一緒にいた変な女がいたわね。それよりも、女ひとりに男複数人で負けるなんて、あなた達には呆れるわ」


「《想いの力》を使っていた。あの力は見たことがない。たぶん想力者だ。仕事はした。対価はもらう」

「報酬の二割ってところかしら?」

「おいおい、それはないだろう。こっちだって除籍を覚悟している」


 フリーダはヒステリックに叫び、頭を掻きむしった。


「誰のおかげで学院に入れたと思ってるの! ユスタナシア家の寄付金がなかったら学院どころが廃れていた貧乏貴族どもが! おば様の命じゃなかったら、こんな臭い野郎共と関わらずに済んだのに!」


「わかった。二割でいい。ただし、依頼は継続、報酬は二回分もらう」

「……まあ、いいでしょう」


 フリーダは扉を開けたまま宿舎に戻り、しばらくすると銀貨の入った包を手渡した。男たちはちりぢりになって解散していく。


 カルネラは少し厄介なことに巻き込まれたな、と思うのだった。

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