15 純真たる魂の共鳴(スピリット・スワップ)

 地下三階層、石畳のところに人だかりができていた。


 二メートルはある筋肉質の巨体に鎧を付けた男が、複数の甲冑の男たちを連れて、赤髪の女の子と甲冑の少女四人と言い争っている。


(あれは、今朝あったの男集団と、確か、ローズ・ヴァレンシュタインだっけ?)


「何を申すか!」


「聞こえなかったのか? 女が騎士などに成れるはずがないと言っている」


 巨漢の男は見下すようにローズに言い放った。二メートルの身長と上質な肉体から、体格の差は甚だしく、ローズの体が小さく見えた。


「なにも、私たちは遊びでやっているのではない! 正式に騎士になれるよう努力しているのだ!」


「努力以前の問題だ。女というものは、男よりも筋肉がつきにくく、体も小柄だ。生物的に劣っている。脆弱であり貧弱である」


「貴様……!」


「こんな話がある。ある国は、女騎士を指揮官にした。兵士たちの士気は高かったのはつかの間、簡単な奇襲で捉えられ、身ぐるみを剥がされ、女騎士は犯された。敵国は、慰み者になった女騎士をはりつけにした盾を掲げ進行してきた。そして、兵士たちは戦意を喪失し全滅した。女は戦争で利用される可能性がある。脆弱な女どもは大人しくメイドでもやっているのが相応しい」


「――ッ」


 ローズは鋭い眼光を男に向け、震える手を腰に携えた剣にかけた。甲冑の少女四人が抑え、ギリギリの状況を保っている。


 甲冑の男集団は辺りを睨みつけ誰も近寄らせないようにしていた。


「マリー様、行きましょう。わざわざ問題の渦中にはいる必要はありません」


 マーガレットの進言に、マリーはマーガレットを睨みつけた。その女王たる覇気に、マーガレットは気圧されながらも次の言葉を紡ぐ。


「……彼らの問題です。私はマリー様が危険にさらされることを案じています」

「そうね」


 しぶしぶ了解し、その場を去ろうとしたとき、後ろから「きゃあ」と悲鳴が聞こえた。


 マリーが振り返ると、巨漢の男に腕を捕まれ宙ぶらりんになったローズが見えた。


 ローズは剣を抜いたが、巨漢の男に抜いた剣の腕を捕まれたようだ。


「『きゃあ』だってよ」

「きゃあ~、たすけて~、ってか」


 周りの甲冑の男たちがローズを嘲笑った。


「ローズ・ヴァレンシュタイン。まだ分からないか、力の差は歴然だというのに」


 巨漢の男は空いた手で合図を送る。二人の男がローズに近寄った。


「ローズッ」

「ローズに何をする!? その手を離せ!」


 甲冑の少女四人はローズを助けようと動くが甲冑の男たちに抑えられた。


「見たところ、この女が貴様らの指揮官だ。ならば、この女に辱めを受けてもらう。これでお前たちも騎士を夢みることもなくなるだろう。お前たち、この女の衣服を剥がしていけ」


 片腕を捕まれ宙ぶらりんになったローズは、為す術もなくただ剣を握り続け、二人の男がローズの甲冑は捨てられ、衣服は強引に破かれた。


 あらわになったローズの肌が聴衆の面前で晒される。



「マーガレット、ごめん。私、耐えられない」


 マリーは激怒した。マーガレットに止められるよりも早く俊敏に行動する。


 石畳にあがり、止めにきた甲冑の男をこづき、体勢が崩れた男の肩を足場にして跳躍した。慣性のままに、数人の甲冑の男の頭を足場にして、巨漢の男に近づいた。


 マリー本来の身体能力だった。記憶を喪っているがマリーの体は覚えている。


 男たちの頭を足場にしているため、二メートルの巨漢の男と高さは同じ。マリーは拳に怒りを込めて、巨漢の男の顔面に拳がはいった。体重をかけ、慣性もあったので巨漢の男はふわりと浮き、石畳の外まで吹っ飛んだ。


 倒れた巨漢の男は何をされたのか分からないようすだ。きっと顔面をなぐられ仰向けに倒される経験をしたことがなかったのだろう。


「正義の味方、メアリー参上」


 マリーは甲冑の男たちにそう言い放った。


「なんだこの女!?」

「狐面? ふざけているのか!?」


 甲冑の男たちは、石畳に現れた狐面の少女に敵意をむけ、それぞれ腰、背中の剣を抜きはじめた。


「メアリー殿?」

「ローズ、ごめんね。もっと早く行動するべきだった」


 マリーは着ていたローブをローズにかけた。


「剣をおろしなさい。あなた達にローズ・ヴァレンシュタインを軽んじる権利はないわ。彼女は騎士よ。ローズは最後までその剣を一度も手離さなかった、それが証拠よ!」


 甲冑の男たちは怯んだ。マリーの言葉には常人では耐えられない言葉の重みがあった。


 遅れてやってきたマーガレットとカルネラは、甲冑の少女四人を抑えていた男たちを剥がした。


「マリー様!」

「マーガレット、カルネラ、ごめん。先に謝っておくわ。でも、手出しは無用よ。《想いの力》は二人は使わなくていいわ」


 巨漢の男は起き上がり、マリーの前に立ちはだかる。

 巨漢の男は首をかしげた。


「見たところ、剣をもってないようだが」


 巨漢の男はその背中にある特大剣に手をかけた。


「ええ、必要ないわ。あなたにはこれで十分」


 マリーは右手の人差し指と中指、二本指を男に突き立てた。


「指? それで戦うつもりか、それとも指を切り落として許してほしいのか、まあ良い。所詮は女だ、ふと振りでほふってくれよう」

「それはどうかしら?」

「?」


「《純真たる魂の共鳴スピリット・スワップ》」


 マリーは詠唱した。勝負はすでに決していた。マリーが指を差し出した時点で相手は首に刃を当てられてる状況に等しい。マリーの二本の指から光が生じ、雫となって、空間を揺らした。


 世界が書き換わった。


「……?」


 甲冑の男たちはそれぞれ自分の体を確認するが、特に異常はない。


「なんだ何も起こらねえじゃねえか!?」

「この女舐めやがって!」


 巨漢の男は疑問符を浮かべ、目の前にいる狐面の少女をみた。あんなに啖呵を切った狐面の女がやりたかったことはこんなことなのかと。


 だが、考えるのをやめて、この狐面の女を始末すると決めた。合図を送り、狐面の少女を甲冑の男たちが取り囲む。


 そして、一斉に狐面の少女に斬りかかった。


「……な!?」


 感触がない。甲冑の男たちの剣は皆、石畳の地面を叩きつけていた。


 そのときマリーの姿は白雲のように消え、マーガレット、カルネラ、ローズ、甲冑の少女四人も白雲のように消えていた。


「消えただと!?」


 甲冑の男たちがは辺りをみるが、マリーたちの姿はすでになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る