14 並行世界の遺物
エスカリエの従来の研究者が想力者と呼ばれるようになったのは黄金歴二年に遡る。
とある研究者が、《不完全な世界の顕現》により偶然にも『Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt abhängig』という書物を召喚した。
未知の言語で書かれた三枚の書物は、研究者の話題となり、質量とエネルギーの等価性を示す論文だと解明された。
以来、未知の並行世界の遺物を召喚することが流行り、エクアトール学院は書物で埋め尽くされた。
解明された科学技術もあり、エスカリエでは飛躍した科学技術を見かけることがある。
想力者が並行世界の遺物を召喚し、従来の研究者が鑑定する流れが生まれた。
想力者の仕事は《想いの力》の開発と創造、否、想像。《想いの力》により、別の並行世界の遺物を召喚することを生業とするゆえに、特に機材は必要ない。
カルネラの研究室には、机に積まれた本と椅子があった。
「すごい……」
「カルネラ、これは……」
マリーとマーガレットは息を呑んだ。
「地味! なによ、この部屋は! 期待してた分、損した気分だわ!」
「まあ、こんなもんだと思っていました」
カルネラは女子二人に酷評され肩を落とした。
「大型のよくわかんない機械があったりしない?」
「ありません」
「この本は実はすごい本だったり?」
「それは普通の教本です」
「……地味ね。誰よ、こんな部屋に来たいって言った奴は? 私か」
マリーはカルネラの研究椅子に座って腕を伸ばした。
「あ! 机の引き出しが四次元につながってるとか?」
「ありません」
「つくづく面白くない男ね。だから影が薄いのよ」
カルネラの心に何かが刺さった。
マリーは机の引き出しを開けた。
(ネジに、工具に、紙と、ペン。面白くないわね。あら? これは何かしら?)
マリーは鉄の塊を見つけた。
持ち手があり、先端は筒状になっている。指をかけるところがあり、マリーは筒の中を見ながら指を引っ掛けた。
「マリー様!《
「え? なによ?」
とマリーが言い終わるまえに、カルネラはマリーの隣に一瞬に移動し、マリーの持つ鉄の塊を抑えた。
「これは拳銃といいまして、中にある火薬をはじき高速で鉛を飛ばす武器でございます」
アルファ世界の遺物、個体番号アルファ38は回転式拳銃だった。エスカリエでは大砲は運用されてるが、実践投入できる銃はまだ開発されていない。
「うげっ、そんなものまであるの? 危ないわね。ってもしかしてこれってまずい?」
カルネラがマリーを止められたのは、マリーが引き金を引くのを止めた世界に移動したからだ。
だが《純真たる魂の共鳴》には、並行世界に移動したとしても、元の世界へと戻ってしまう性質がある。
別の並行世界で経験した記憶は残るが、元の世界がどうなったかはわからない。《純真たる魂の共鳴》が失敗作だと理解できる。
マリーの目に世界の光が入っていく。カルネラの歪めた世界は元の世界へと戻った。
マリーはぎゅっと目を瞑った。自分が鉛の玉を顔面にうけたのだと、見てない間は事実が確定しないだろうと目を瞑った。
でも、こんなことを考えられてるってことは、自分が生きているということに気づいて恐る恐る目を開けた。
マーガレットとカルネラの姿がみえた。
マリーの持つ拳銃からは硝煙がでていた。
「死んだ、死んだのだわ。私は至近距離で高速の鉛玉をうけて死亡した」
「落ち着いてください、マリー様。死んだあとに、こんな風に死んだなんてどうやって思うのですか。カルネラ」
「はい」
カルネラはマリーの容態を確認する。拳銃から硝煙はでているがマリーに目立った傷はない。
「大丈夫なようです。マリー様どこか痛いところは?」
「いいえ、少し頭が痛いくらいかしら」
マーガレットはマリーの頭を確認する。傷は見当たらなかった。
マリーは「私の頭、大丈夫? くっついてる?」と泣きそうになっている。
「……いえ、特に傷は見当たりませんね」
拳銃からは硝煙がでていた。玉は一発なくなっていた。部屋が壊れてるようすはなく、マリーは無傷だった。違和感。発砲があったのに何も傷ついていない矛盾。
マリーは硝煙の出ている拳銃をみて、逃げるように外へでた。追うようにマーガレットとカルネラも外へでる。
「なんで二人とも逃げてるのよ」
「マリー様が逃げるからつい」
「発砲したの? 爆発したとか?」
「分かりません。私たちは今の一瞬、別の世界にいたのですから」
カルネラは思索に耽っていた。
カルネラはマリーが引き金を引かない世界へと移動した。カルネラにとって、最善の世界だと思ったからだ。しかし、マリーが引き金を引いてマリーが助かる世界が存在した。
この矛盾の正体に、ある疑惑がカルネラの頭をよぎった。
「カルネラ」
マリーの声に意識を戻す。
「……はい。硝煙はでていましたから発砲はした。しかしマリー様は無傷だったので、空砲だったと考えるべきです」
ちょうど隣の研究室からエドモント・ウィップがでてきた。
「おいおい、何してるんだ。お前ら」
「エドモント、さっき俺の研究室から何か聞こえなかったか?」
「うーん。そうえいば、爆発音がしたな。五分前くらいだったか」
「五分前?」
「てか、シュトレイゼン先生は起きてたか、昨日のレポートまだ出してないんだ」
「先生ならそろそろ起きると思う」
「助かる」
そういってエドモントは教授室の方へ向かっていく。
「エドモント」
振り返ったエドモントにマリーは何かを投げた。
「あげるわ、それ」
「何だこれ? マジックペン?」
「さて、問題の一つは解決したわね。カルネラ、もう一度部屋に戻って確認してきなさいよ」
「了解しました」
カルネラは部屋に戻り、状況を再確認する。硝煙はすでに消えていた。カルネラの「大丈夫です」の声で、マリーとマーガレットは部屋にはいった。
「ふう……。しかし、恐ろしいものがあるものね。てか、あなたも《純真たる魂の共鳴》使えるんだ。意外だったわ」
「昨日、先生の力をみて覚えました」
「一晩で習得したの?」
「はい」
カルネラは拳銃を机の引き出しにしまう。
マリーとマーガレットとカルネラは研究室をあとにして学院へと戻った。
教授室からは、ちょうど目覚めたであろうボーアの怒号が聞こえてきた。
しめしめとエドモントが怒られてる姿が目に浮かぶ。
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