51 一日体験アマリリス 最後の会話

 全身甲冑をした女性騎士がその頭装備をとると、金色の髪が現れたのだった。


「ってアマリリス!? マルガレーテじゃなかったの?」

「残念、わたしでした。もー、動きにくかったのよね、これ」


 アマリリスは甲冑の関節の部位を外していき、マントを羽織った。


 アマリリスはマリーに手を差し伸べて、マリーは立ち上がった。マリーはアマリリスが外した頭装備をかぶって顔を隠す。アマリリスはマリーの持っていたロングソードを握った。

 

 ここにアマリリスとマリーの入れ替わりが実現した。



 アマリリスは戦場の皆に聞こえる声で宣言する。その金色の髪はこの戦場では、誰よりも目立つ。


「我が名はアマリリス! アマリリス・ルーン・エスカリエである! 我が覇道を邪魔するものは――」


 兵士たちが皆、剣を止めアマリリスの声に注目した。


「――残念ながら死んでいただこう」



 アマリリスは剣を構え、駆けた。グラディウス陣、辺境伯の元へ、ものすごい勢いで駆けていく。敵陣の中を単身で乗り込んだ。


 グラディウス辺境伯は唾を飛ばしながら兵士に叫んだ。


「ええい! あいつをとめろ!」

「しかし、味方に当たってしまいます」

「知るか、そんなもの!」


 アマリリスは身を低くして敵陣の中を駆ける。だが、あまりにも早いので並の兵士では相手にできまい。

 アマリリスがグラディウス兵の影から現れたと思ったら、次の瞬間には別のグラディウス兵が斬られていた。

 ふわりと宙を舞って着地したアマリリスに、槍を構えた兵士が突進した。


「死ね、アマリリス!」


 アマリリスは軽く躱し、対面にいたグラディウス兵に突き刺さった。


 統率のできていない兵士は束になっても、アマリリス・ルーン・エスカリエを止めることはできない。


「くそっ、これ以上陣を乱されては……もういい! 道をあけろ! ゴリアテを前にだす!」

「愚策ね」


 兵士たちが道をあけると、雇われたであろう二メートルはある大柄の男が前に出た。もはや、人語を喋る者ではなく、獣のような雄叫びを上げている。


 アマリリスは鉄球の入った投石器スリングを回転させた。ヒュンヒュンと風を切る音は、次第に、ブーンと鈍い音を出し始めた。


 ゴリアテが剣を振りかぶった瞬間、アマリリスは鉄球を発射した。


 音速に近い速度で発射された鉄球は、ゴリアテの頭部を粉砕した。首から血が溢れ出し、頭部を失った体が力なく倒れた。


「ひいっ!」


 グラディウス辺境伯は悲鳴を上げた。


 アマリリスは溢れ出す返り血を浴びながら、なおも辺境伯へ歩み寄った。

 アマリリスはゆっくりと剣を握り直す。


「おい、誰か、誰かこの女を止めろ! 金を出す! 富か財産か! 名誉か、地位か!」


 もう遅い。一閃、アマリリスは剣を水平に振ると、辺境伯の首がグラディス兵の足元へと転がった。


 アマリリスは黙って剣を鞘に納めて、ふーと大きく息を吸った。


「聞け! 汝らの主は死んだ。ならばどうする? 汝らは、自由の身となり戦う意味を失った。奴隷のように命令され、搾取される時代は終わったのだ。これからは私の時代である! なおも私と戦う意思のあるものは剣を構えよ。戦う意思のないものは剣を捨てよ。この土地はもうエスカリエのものとなった。汝たちの守りたいもの、守るべきものは私が保証しよう。我が名は、アマリリス! アマリリス・ルーン・エスカリエである!」


 兵士たちは次々と武器を落としていく。戦意喪失、絶対王者による蹂躙がそこにはあった。


 この日、この土地に、エスカエリエの旗が掲げられた。



 エスカリエの街、王城が見える丘の頂上にて、マリーとアマリリスは夕焼けに染まるエスカリエの街並みを眺めていた。

 小規模な戦争であったものの、犠牲者がでたのは事実。いままさに、アマリリスが丘の石碑に何かを刻んでいた。


『我が英雄たち、此処ニ眠ル。 アマリリス・ルーン・エスカリエ』


「どう、この世界は? 記憶は取り戻せたかしら?」

「いいえ、全然ね。でも、良かったと思う。何がどうかはよくわからないけど。良かったって」

「そう、それは良かった」

「準備できたぜ」


 アルストロメリアが《新たなる世界の複製》で次の世界を創造していた。


 結局、マリーが記憶喪失の原因はこの時代にはなかった。この時代とのお別れ。アマリリスとのお別れだ。


「……あのさ、アマリリス。……いや、なんでもない」


 アルストロメリアは丘を少し下り、マリーとアマリリスは二人きりになった。


 言いたいこと、想うことはたくさんある。なのに、ピッタリな言葉が思いつかない。アマリリスと最後の別れなのに、何も思い浮かばない。


「それでいいと、わたしは思うわ」

「アマリリス?」


「少なくとも、わたしになろうなんてしないでね。わたしは、わたしで。あなたは、あなたなんだから。だって、わたしとは全然違うのだもの。わたしはわたしの道を行って、あなたはあなたの道を行く、それでいいんじゃないかしら?」


「あ――」


 言葉を紡ごうとしたマリーを、アマリリスは抱擁した。それは、まるで母子を思わせるような優しげな抱擁だ。


「最後に聞かせてくれるかしら? あなたの名前」

「私は、マリー。マリー・ルーン・エスカリエよ」


 アマリリスは驚いた顔でしばらく沈黙して、


「――ぷっ、あっはっはっはっは。いえ、あなたの名前を笑ったのではないの。あっはっは、はー、なるほど、そういうことね。理解したわ。あなたが誰なのかで、誰から生まれたのか。そして、それは多分、あなたが次の世界で見ることになる」


 仮にマリーが記憶を取り戻したとしても、この世界のアマリリスはどうなるのだろうか。アマリリスはこの世界が失敗することを知りながら生きることになる。


「アマリリス、もしよかったら、私たちと――」


 アマリリスはマリーの口を止めた。


「それはできないの、ごめんなさい。メリアが来て、この世界が失敗する世界だと確信したわ。でもね、あなたは完全なイレギュラー、決定論の外側の存在。あなたなら。きっと完全なる世界を顕現してくれるって信じてる。この世界の未来が分かったとしても、わたしは今の生き方を変える気はないわ。だって、わたし――。まあ、いっか!」


 アマリリスはマリーの背中をドンと叩いた。それは痛いほどであったが、マリーの視界を明るくした。夕焼けに染まる世界を見て、ああ、こんなにも世界は美しいのだな、とマリーは思うのだった。


「いきなさい。マリー、そしてあなたの使命を達成するのよ」


 複数のエスカリエ兵がアマリリスを探しに丘を登ってきていた。

 マリーは足早にアルストロメリアのところへ向かった。その際、マリーのフードが落ちマリーの顔がエスカリエ兵に見られた。


「あ、アマリリス様、どちらへ?」


 エスカリエ兵はマリーを認識したが、丘の頂上にはアマリリスが立っている。


「あれ? アマリリス様が二人いる!?」


「おーほっほっほっほっ! さて、騎士諸君、どちらが本物のアマリリスであるか見抜けるだろうか!」

「本物はあなたです。アマリリス様」


 マルガレーテがアマリリスの隣に並んだ。


「おや? どうしてそう思う? マルガレーテ」

「あの子の足を見て下さい」


 ああ、とアマリリスは納得した。

 マリーの足には、どこかでつけた色褪せることのない花の色が着いていたのだった。


「少女よ! 駆け抜けろぉぉぉぉぉぉ!」



 マリーはアルストロメリアの元へ、息を切らして来ていた。


「もういいのか?」

「うん、もう大丈夫」


 アルストロメリアは《新たなる世界の複製》で新しい世界を創造していた。時代は、ここより遥か未来、300年後の世界の複製だ。


 アルストロメリアが《正当なる観測者の権限》を詠唱した。


 いままさに、別の並行世界へ移動しようとしたとき、マリーは丘の頂上に居たアマリリスに最後の言葉をかけた。


「アマリリスー!」


 マリーは大きく手を降ってこう続けた。


「ありがとう」

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