50 一日体験アマリリス 戦争体験2

 この戦線にアマリリスが呼ばれたのは、アマリリスが敵将を討ち取ることをヴィルヘルムが進言したからだった。


 最初の戦争の功績は、やはり女王たるアマリリスの手柄にしなければならないという考えだ。


 ゆえに、アマリリスも戦線に出て、近衛騎士にあたるフラワーロードの称号を持つ二人が着いている。


 フワラーロード、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンと一緒に、フラワーロード、リンド・リムウェル・アルストルがいた。


(あれ? リンドがここにいるってことは、やっぱりリンドは過去の人間だったってことなのかしら?)


 マルガレーテは、近くにいたエスカリエ兵にちょっかいをかけていた。

 その兵士は黒のマントを羽織って、猫の仮面を付けていた。逞しい肉体をしており、無駄な筋肉はなく、壮年の男性特有の雰囲気を出している。


 フラワーロードの後継と言われる無名の兵士アダムスフィアだ。まだ、ヴィルヘルムに認められていなく、フラワロードの側近ということになっている。


「戦場は初めてですか? アダムスフィア」

「いえ、無意味な争いだと思ったまでです」

「さといな、君は。戦場を何度も体験しているみたいだ」


 マルガレーテが仮面の下を覗こうとした。


「……なんでしょう? この無名の兵士に」

「いえ、懐かしい雰囲気を感じ取ったもので」


 ふと、マリーは冷たい感触を覚え、手の平を出すと水滴が落ち始めた。雨だ。

 ボーアたちはいかんいかんと火薬を濡らさないように、大砲を天幕へと入れはじめた。


 オルヴェイトは戦線をみやる。


「結局、減ったのはこれだけか。これより近接戦に移行する。第一騎士団を突入させよ。俺も戦線にでる。その後、フラワーロードを投入する」


 エスカリエ陣から騎兵隊の部隊が放たれた。第一騎士団は自滅を前提とした突撃部隊だ。

 グラディウスの陣がファランクスを組んでいようともお構いなしに、第一騎士団は馬に跨って突撃槍ランスを構えて突進して、グラディウス兵を刈り取っていく。

 もちろん、馬から落とされたエスカリエ兵はグラディウス兵に取り囲まれ、一方的に殺された。 


 狙いは陣の崩壊。第一騎士団が馬で敵を翻弄するので、陣は乱れていく。


 リンドがボーアに問う。


「ボーア、その大砲はまだ使えそうかい?」

「うむ、火薬が濡れてしまいましたので、無理でございますな」


 大砲の出番は終了。マリーたちはまずこの雨をどうにかしなければならない。


 リンド・リムウェルは天空に二本指を差し出した。詠唱されるのは《不完全な世界の顕現》。今日この日、雨が降らなかった世界が召喚される。


「《不完全な世界の顕現オープン・ザ・パラレル》」


 雲が消失して雨が上がった。


 リンドは《想いの力》の代償、抗えない睡魔により、無名の兵士アダムスフィアの足にもたれかかった。


 マルガレーテがマリーに言った。


「では、私たちも参りましょうか」


 マリーはマルガレーテと一緒に戦線へ出た。マルガレーテはレイピアを取り出し臨戦態勢に入った。



 戦乱の最中、マルガレーテを見失うも《完全なる世界の再現》でグラディウス兵が吹き飛んでいるのが分かった。

 マリーはロングソードを構えグラディウス兵と接敵した。


「アマリリス様、お手伝いいたします」


 全身甲冑の女性騎士がマリーの後ろに着いた。


 マリーは不謹慎ながらもこの戦場の臨場感を楽しんでいた。

 アマリリスのロングソードの切れ味は抜群で、マリーとグラディウス兵の戦いの最中に、その男の喉を切り裂いた。


「あ、がっ」


 声にならない苦痛を上げて男はうずくまった。


「あ、ごめん」


(あ、ごめんではないのか。私は戦争をしているんだ)


 マリーは、ふと出た言葉に、自分のやっていることの正当性を問う。

 完全なる世界を目指すのに、世界を統一するのは分かる。ただ、この戦場で戦っている人はここで死ぬべき人物足り得るだろうか。

 多分、答えはない。


 ただ、人間とは戦争をする生き物だ。アマリリスが戦争を始めなくても、人は勝ってに、誰かを陥れ、辱め、その恨みを買い、戦争を始める。

 だからこそ、アマリリスは世界を統一して、争うことが無意味に感じるほどの絶対王者として君臨することを決めた。


 それがアマリリスの目指した完全なる世界だ。


 グラディウス兵が叫んだ。


「ご、ごめんだと!? アマリリス、俺たちを哀れんでいるのか!」

「いや、そういうわけではなくて」


 アマリリスのロングソードがいやに重く感じる。


 そのとき、無名の兵士アダムスフィアがふらりと現れ、マリーに叫んだ男の胸を剣で一突きにした。


「死者を哀れんで何が悪い」


 と吐き捨てて、叫んだ男を死者にした。そして、うずくまっている男の首筋を斬り落とした。

 無名の兵士アダムスフィアは慣れた様子で、攻撃を躱し、一人で数人のグラディウス兵を相手にしていた。


 マリーは思わず、尻もちを付いた。腰がぬけた。


「あ、はは、私には……」


 足りない。何もかも足りない。覚悟であったり度胸であったり正義であったり、そういった全てがマリーに足りない。


 全身甲冑をした女性騎士がマリーのもとに駆け寄った。


「そろそろ代わろっか?」

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