49 一日体験アマリリス 戦争体験1

 マリーは広大な平原を馬車に揺られて眺めていた。

 エスカエリエ南西には戦線が張られ、グラディウス軍と小規模な小競り合いが始まっていた。


 グラディウスには、黄金の杯と呼ばれるものがある。黄金の杯はどんな水をいれても飲めるようになり、その水を地面に落とすと豊かな土壌になる。神の一品だ。

 

 この黄金は神の見習いアマリリスが世界に降臨して、アマリリスとアルストロメリアに分裂したときに、同じく三つの黄金の欠片が分裂し飛来したものだ。


 三つの黄金の欠片はそれぞれ黄金の杯、黄金の筒、黄金の糸玉として存在している。

 空から降ってきた黄金により、神の力を得た最初の所有者はそれぞれ国を創った。


 それが、エスカリエ南東にあるグラディウス、南のアーレンファスト、南東のエリバルディだった。

 アーレンファストの領地は砂漠、エリバルディの領地は植物すら死んだ死の荒野だというのに、金の杯のおかげか、グラディウスの領地は緑が生い茂って湖まであるらしい。


 アマリリスは《完全なる世界の顕現》が不完全なものになる原因に、三つの黄金が欠けているからだと考えた。しかし、相手はすでに国を創っていたので、こちらも国を創らねばならないと、エスカリエを平定した経緯がある。



 オルヴェイトは馬を止めて、マリーを連れて南西戦線の天幕へと向かうと、天幕の前で敬礼をしていたエスカリエ兵に問う。


「戦線は?」

「はっ! ボーア・シュトレイゼンとアルバート・マーゼンフリーに任せております!」

「……あの二人か」


 オルヴェイトは少し苦い顔をした。


 天幕へと入るとトランプでババ抜きをしているボーア・シュトレイゼンとアルバート・マーゼンフリーがいた。


 ボーアの手札をみるかぎり、ババをもっているのはボーアだが、今まさに、マーゼンフリーがババを取ろうとしている。


 ボーアのことだからきっとイカサマをしているに違いない、とマリーは思うのだった。


「おお、隊長殿。わざわざ陛下までつれて、いかがされましたか?」

「いい加減、この戦線に終止符をつけろと閣下からのお達しだ。こんな辺境で小競り合いをしても、どうしようもないとのことでな」


「それでしたら、新しい大砲がございます。従来のものよりも二倍有効射程が伸びまして――」

「いい、お前の話は説法のようで好かん。問題は如何に敵を屠れれるかだ」

「それはもちろんですとも」


 結局、マーゼンフリーは苦渋の顔をしながらババを引いて、ボーアが残りを引いて上がっていた。


「それより、戦線はどうした? 指揮官不在の戦争でもはじめているのか?」

「……うむ、まあ、見れば分かりましょう」



 オルヴェイトは単眼鏡で敵陣を見た。武装した兵士がいる。剣に盾、前線は槍部隊。それよりも、陣の左右に置かれた木製の機械が気になった。


「あれはなんだ?」

投石機カタパルトのようですな」

「やつら、火薬を知らんのか?」

「さあ?」


 ボーア・シュトレイゼンは肩をすくめた。


 ボーアとマーゼンフリーの共同開発の大砲は有効射程は一キロメートル、投石機カタパルトでは五百メートルがやっとだろう。


 この時代の大砲とは驚異だった。


 力学の知識があれば、角度、火薬の量だけで飛ぶ場所が決定する。加えて、ボーアとマーゼンフリーは三角測量を用いて、グラディウス陣との距離を概算し、大砲を調整した。


 力学と数学の知識があれば、決定論的に砲弾の着弾点は決まり、大砲を打つ前から敵の死が確定する。


 力よりも知識あるものが勝つ時代だ。


「大砲をできるかぎり打て、まずは数を減らそうとしよう。その後、第一騎士団を突入させる。第一騎士団には、馬の準備をしておけと伝えておけ」

「了解しました!」


 一人のエスカリエ兵が伝令にでたあと、断続的な爆発音が聞こえてきた。

 大砲の弾は的確にグラディウスの陣に直撃し、陣も人ごと弾け飛んだ。


 グラディウスの大将は、辺境伯といったところか、無駄に豪華な馬に乗り、贅肉を蓄えた男だ。グラディウスの兵士たちが痩せこけているのをみるに、どういう統治を行っているのかが窺える。  

   

 左翼の陣が壊滅し、投石機カタパルトが破壊されると、辺境伯は慌てた様子で指揮をだして、前衛の槍部隊が前進した。


 その様子を単眼鏡で観察していたオルヴェイトが言った。


「あの男、前進しか知らんのか。これでは戦争にならんではないか」

「しかし、歴史には刻まれましょう。それよりも隊長殿、ワシは早くをアレを見とうございます」


 ボーアがいうアレとは、アマリリスもといマリーがここに居ることで察しがつくアレのことだ。羨望の眼差しがマリーに向けられるが、オルヴェイトは首を横に振った。


「まだだ。フラワーロードの実力も見たいからな。貴様は天幕でトランプでもしておけ、俺は捕虜に用がある」

「ああ、畏まりました。捕虜といえば、陣を敷いた途端、投降してきたものがおりましたな。中々いい目をもっている」


 オルヴェイトは捕虜のところへと向かった。


 女、子供もいて、そうそうに寝返ったことから、グラディウス辺境伯よりもエスカリエについた方がいいと判断した者たちだ。適正があれば適正を破壊するのが、オルヴェイトの処刑剣の仕事だ。


 オルヴェイトは捕虜を拘束していたエスカリエ兵に問う。


「捕虜はこれで全員か?」

「はい」

「ならば、小指の第一関節を切断していけ。それをもってエスカリエの国民として認めよう」

「了解しました」


 兵士たちは捕虜になった者たちの小指の第一関節を切断していった。


『適正』が破壊された者はエスカリエの中心部で働くことが許される。


 本来ならば、個人個人の適正を破壊するはずだが、小指の適正があるという人物はそうそう居ないので、オルヴェイトの裁量は優しめだ。


 すると、捕虜の老人がオルヴェイトに話しかけた。


「申し訳ありません。指はやめて頂きたく思います」

「ほう? 何故だ」


「ワタシはグラディウスで字書きをしておりました。指はワタシの商売道具、どうか別の部位にして貰えないでしょうか?」


「さてはお前がこの者たちを連れてきたのだな。中々にいい目をもっている。ならば、代償として支払うのは目だ。それで構わないのなら、指を切り落とすのをやめよう」


「それなら問題ありません」


 オルヴェイトは老人の右目をえぐり取った。うめき声を上げてうずくまる老人は、ありがとうございますと、何度も呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る