48 一日体験アマリリス

 アマリリスとアルストロメリアは、エスカリエの街並みを散策していた。


「ほら、あそこ新しく花屋ができるんだって。あそこはね、魚屋だったかしら。今度、メリアのところから魚介類が輸入するらしいわ。海のお魚ってどんな味なんだろう?」

「一応、オレの領地もエスカリエ領内だから、輸入って言葉は正しいんかね」


 マリーとアマリリスが同じ世界にいるように、この世界にはこの世界のアルストロメリアがいる。アルストル家に行けば、まだ口調が良かったアルストロメリアに会えるかもしれない。


《傲慢なる信奉者の謁見》には、並行世界を観測する力の副産物として、世界線係数の色が見える力がある。


 マリーがこの世界にきたとき世界が淡く見えたように、アマリリスからしたら、マリーとアルストロメリアは異質な色に見えたはずだ。

 それで、アマリリスはマリーたちが別の並行世界から来た存在だと察した。


 アマリリスとアルストロメリアは姉妹関係、正確にはどちらが上なのかは分からない。

 少女の姿のアマリリスと幼女の姿のアルストロメリアでは、アマリリスが上ということになっている。


 アマリリスは、エスカリエを平定した頃から、アマリリス・ルーン・エスカリエを名乗り始めた。

 アルストロメリアがメリア・アルストルと名乗るのはこの時代よりも少しあとになるが、アマリリスはアルストロメリアをメリアという愛称で呼ぶ。


 街を散策していると、メリアの鼻に香ばしい匂いが刺してきた。


「お姉ちゃん、あの店で何か食っていこうぜ」

「ええ、いいわね」

「…………」

「…………」

「今、お姉ちゃんって言った?」

「言ってないが」


 なんてことない姉妹の会話がそこにはあった。



 マリーは子供一人入るほどの大鍋を馬車から運び下ろす。マルガレーテと共に教会へ赴いていた。


 教会には身寄りのない子供。また日中、親がいない子供たちが集められている。神父、シスターたちが子供たちにおとぎ話をして子供たちは自然と言語を覚えていく。

 ただ、王宮の神官が教師として派遣されており、アマリリスを神格化する話も混ざっていた。


 ヴィルヘルムによると、何も知らない子供のうちからアマリリスを神とする話をしておくと、後々の統治が楽になるらしい。


(教会というより、孤児院? いや学校に近いか)


 礼拝堂の石像は壊され、取ってつけたようなアマリリスの石像が置かれていた。大鍋を運び終わると、一人のシスターが幾ばくかの少女たちを連れてやってきた。


「失礼します、アマリリス様。微力ながらお手伝いさせていただきます」


「この子たちは?」


「メイド、いえ、メイド見習いといったところでしょうか。いずれアマリリス様の身の回りの世話を任せるつもりです」


 マリーはそのシスターの顔を知っていた。王宮のメイド長になる人物だった。そうなると、この少女たちはメイド養成学校の面々だろう。


 マリーは一人のメイド見習いの少女の前に膝をついた。


「今日はよろしくね」

「はい!」


 メイド見習いの少女は恥じらいながらも元気よく挨拶した。



「さあ、たーんと食え、小僧ども」


 大鍋には王宮のシェフが作ったシチューがはいっている。礼拝堂にはわらわらと子供たちが集まり、シスターとメイド見習いたちと協力して、一人一つのパンとシチューを配っていった。


 全身甲冑のマルガレーテは、マリーの後ろで剣を構えていた。よそでは素顔を明かさないらしい。ちょっとは手伝ってほしいとマリーは思うのだった。


 一通り運び終わると一同は座り、神父が祝福がなんとか言い始めて、マリーは一呼吸ついた。メイド見習いたちはシスターに連れられ別の部屋で食べるようだ。


 メイド見習いの少女たちから去り際に「ルイス! 私と勝負なさい!」「またですか、フリーダ」なんて声が聞こえてきたが、マリーの耳には届かなかった。



 アマリリスは街路樹の下で林檎を齧った。今日は晴天であり、木漏れ日がアマリリスとアルストロメリアに差し込んでいる。


「そうか、メリアが来たってことは、この世界は……ダメだったってことね」


「まあ、そんなもんだろうよ。オレだって《新たなる世界の複製》で、偶然にも完全なる世界が創造されないか試しているが、どうやら無理そうだ。そういえば、《新たなる世界の複製》で創造できない時間があるの知ってるか?」

「そんな時間あるの?」


「おそらくだが、オレとお前がこの世界に顕現してから300年。その300年より先の複製はリジェクトされる」

「300年先の未来かー、先は長いわね」


「複製できないってことは、完全なる世界に繋がってると考えるべきかね。まあ、あのカエルがこんな簡単な問題を出すわけないか。ちなみに、オレはお前の辿る運命を知っているが聞いておくか?」


「それは、やめておこうかしら」

「そりゃ、そうだろうよ」


 アルストロメリアはそっぽを向き林檎を齧った。

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