47 過去のエスカリエ

 この世界に学院はなく、円形の建物には本の代わりに武器が並べられ、聴衆の熱狂は階下にある石畳に向けられていた。最下層の連絡通路は、建物裏手にある牢獄へと繋がっている。


 罪人には、一つ武器が与えられ、最後の一人になるまでの殺し合いがはじまる。

 ヴィルヘルムの砂時計が落ちきったところで、檻にいれられた熊が、一ヶ月ぶりの食事をもとめて放たれた。


 花畑の世界では学院だったこの場所は、アマリリスの世界では闘技場であった。


 マリーは最下層から一層上の階層で、王の座へと座る。ヴィルヘルムもオルヴェイトも少し若く見えた。そして、当然マーガレットはいなく、代わりに全身甲冑をした女性騎士がいた。


 罪人はアマリリスがエスカリエを平定する前に、この領地を占拠していた権力者、誘拐と人身売買をしていたもの、盗賊たちだ。


 もともとエスカリエはある王朝が築いたものだったが、治安が悪く、大麻も流通していた。アマリリスは《想いの力》をつかい一国を平定したことになる。


「うわ、うわあああ」


 結局、最後の一人も熊に咀嚼されていた。罪人があっけなく死んだことで、聴衆からは不満の声があがった。壁にかけられていた武器が石畳に放り投げられた。


 次の罪人が数名つれてこられた。


 オルヴェイトがヴィルヘルムに問う。


「今日、処刑するのは何人だったかな」


「処刑するのは120名、今日処刑したのは85名だ」

「ほう、これは長丁場になりそうだ」


 オルヴェイトは腕を組み、自分も混ざりたそうな雰囲気をだした。事実、オルヴェイトであれば下の階層で罪人を食べている熊なら余裕で勝てる。


 全身甲冑の女性騎士が言う。


「オルヴェイト殿。あの熊の駆除は、どうか私にお任せよ」

「ん? あわよくば俺が出ようと思っていたが、マルガレーテがいうなら仕方ない」


 マルガレーテと呼ばれた女性騎士は、マリーの記憶にない。いや、大体誰かか予想はできる。マルガレーテ・カタリナ・アルスバーン。カルネラ・アルスバーンの伯母にあたる人物だ。


 ヴィルヘルムは目を凝らした。ヴィルヘルムは《傲慢なる信奉者の謁見》を常時発動している。それは、並行世界を観測するものだが、観測対象をこの時間から分岐した近い未来にすることで未来をみることができる。


「オルヴェイトよ。少し、左によってもらえないか」

「ん? こうか?」


 下の階層からは殺気に満ちた罪人たちが武器をもっている。もちろん、アマリリスを恨むものもいた。


「死ね、アマリリス!」


 一つの槍がマリーのところに向かって投げられた。だが、その斜線にはオルヴェイトが立っている。もともと戦士であったのか、槍は高速で投げられた。


 オルヴェイトは、フンッと息を張って飛んできた槍を容易く片手で掴みとった。


「こういうことですか、閣下。人を盾にするなんて、お人が悪い」

「アマリリス様の盾になるのが、お前の使命だ、オルヴェイトよ。貴様の代わりはいくらでもいる」

「相変わらず、閣下は手厳しいな」


 オルヴェイトは投げられた槍を下の階層へと投げ返した。スコン、といい音をたてて罪人の眉間に刺さった。



 九十九、百とヴィルヘルムは死んだものを数えていき最後の一人が殺された。

 下の階層は血でまみれ、一匹の熊が鎮座している。さぞ、王者になった気分であろう。しかし、所詮はケダモノの類だ。


 全身甲冑をした女性騎士が石畳にあがった。その手には、刺突剣レイピアがある。

 聴衆からは称賛といえる声があがった。マルガレーテ様だと。


「《完全なる世界の再現プレイ・ザ・パラレル》」


 レイピアから無数の斬撃が放たれた。無数の剣が空間に召喚され、熊は皮をはがれ、肉をはがれ、ミンチになる。

 そして、熊の内蔵からは人間の死体がこぼれ落ちた。


「あとはお願いします」


 マルガレーテはレイピアを腰にしまうと、その場をあとにする。


 死体と臓物は一箇所に集められ、火をつけられた。この闘技場には天井がない。煙は空へと流れていった。



 マリーは王宮の自室に戻るとベッドに腰を下ろした。とはいっても、アマリリスの部屋なのだが、マリーが暮らしていた王宮と同じ部屋だ。


 ため息をついた。今のところ、何かを思い出せそうな手がかりはない。


「お疲れですか? アマリリス様」


 マルガレーテは頭装備を外すと、束ねられていた髪が解けた。

 桃色がかった白い髪の麗人がいた。マルガレーテ・カタリナ・アルスバーン。冠花をもつ彼女はフラワーロードの称号をもつ。


「……いやさ。女王といってもやることないんだなって」


「何をおっしゃいますか。この世界を完全なる世界にすべく、まずはこの世界を統一することが我々の目的。そして、人類をかけた戦いに勝負を挑むのです! そう、相対するのはドラゴン!」

「そうね。完全なる世界にすべく……ね。って、あれ? ドラゴン?」


「完全なる世界が目の前にあるというのに、我々の目の前には金色の翼竜が立ち塞がったのです。アマリリス様は剣を抜き臨戦態勢に入ります。先に動いたのは翼竜、青の炎が吐き出されますが、アマリリス様は巧みにかわし、反撃の一打を食らわせます。翼竜は怯み、止めの一撃。ですが! 翼竜は青く輝きだす。何事! そう、翼竜は最後に自爆を選んだのです。それはワールド・ブレイカー。世界を滅ぼすほどの巨大な爆発。ああ! なんてこと! 私の右手の封印が解かれていれば、アマリリス様だけは助かるというのに!」


「おーい、帰ってこーい」


 幻想の世界に入り込んだマルガレーテをマリーは現実へと引き戻した。そういえば、カタリナ・アルスバーンはかなりの妄想家だったと聞いていた。


「失礼。では午後の予定を――」


 アマリリスの活動。まず、王城を抜け出しエスカリエを散策。訓練兵がいたら、勝負をふっかける。街中で喧嘩があれば、乱入し両者ともボコボコにする。アマリリスの噂を聞いた腕のある冒険者は、返り討ちにする。


 なるほど、ヴィルヘルムが王政を指揮しなければ、アマリリスはただの暴君アマリリスになるわけだ。


 マリーを腕を伸ばすと次の公務へと取り掛かった。


「さあ、仕事しますか」

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