46 アマリリス・ルーン・エスカリエ

 息巻いて酒場を出たものの、アマリリスにつながる手がかりはないに等しかった。行く宛のないマリーはエスカリエが一望できる場所へと向かった。


 裏路地を通り、丘を登った。裏路地には、誰一人いなかった。家を持たない者たちは、戦争がはじまってからの者たちだったか。

 頂上にある石碑にはまだ何も刻まれていない。


 マリーは展望から足をだしてエスカリエを眺めていった。手で四角をつくり、繁栄するエスカリエ、廃退するエスカリエをイメージする。


《新たなる世界の複製》で複製できたということは、この世界は失敗する世界だ。もし、完全なる世界が達成されていれば《新たなる世界の複製》で複製した時点で、使命は達成されることになる。


 期待に満ちたこの世界も荒廃した世界になるのだろうか。正直言って想像できない。アマリリスがどんな失敗をすればそんな結末になるのだろう。


 ふと、マリーに春一番を思わせる風が煽ったのだった。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!  いっちばんのりぃー!!」


 誰かが来た。とんでもない速さで丘の頂上にたどり着いた少女の後ろには、甲冑を着込んだ騎士たちが付いてこようとしていた。


 金色の髪は腰まであり、頭には黄金の冠をしている。鎧ドレスの腰には、少女では大きすぎるほどのロングソードがあった。


「あ、アマリリス様、お待ち下さい、……ぜぇ……ぜぇ……」


 遅れてやって来た騎士たちが金色の髪をした少女に言った。


(アマリリス?)


 マリーはそれを聞くとフードを深くかぶった。


「だらしないわね、あんた達。わたしに負けた罰として、もう一度下まで下りて上がってきなさい!」

「そ、そんなぁ」

「女王命令よ!」


 騎士たちは渋々丘を下っていった。


 アマリリスは展望から身を乗り出して風に煽られていた。そして、マリーの姿に気づいたのだった。


「あれ、先客がいたの? じゃあ、わたしは二番着? まあ、いっか! いい景色でしょう? あの城、わたしが建てたんだ」


(この人がアマリリス? 確かに私と似ているけど、性格なんて全然違うじゃない。それに、なんでこんなに楽しそうなの)


「楽しいですか、この世界は?」

「楽しいよ。わたしね、この世界を完全なる世界にしなくちゃいけないの。楽しくて喜んで、みんなが笑っているような世界に。だから、まずは、わたしが楽しまなくっちゃ!」


 そう言うとアマリリスは高らかに宣言した。


「おーほっほっほっほ!  この我こそがこの世界の女王アマリリス・ルーン・エスカリエである!  ならば汝、退屈な世界を望むか? 悲しい世界を望むか?  否!  我が導くのは、輝かしい楽しい世界であり、笑える世界である! ――ってね? もしわたしが完全なる世界を創ったなら、あなたもきっと笑ってくれるかしら?」


 そのとき、強い風がマリーのフードをはいだのだった。マリーの顔があらわになった。


「あ! あなた、その顔! ちょっと来て!」


 アマリリスはマリーの手をつかむと、騎士たちから逃げるように丘を下っていった。



 酒場はアルストロメリアの独擅場だった。こぶしのはいった歌を歌ったり、あるものは踊ってたりする。酒場の店主はもくもくとアルストロメリアに酒を出していた。


「あっひゃっひゃっひゃ。楽しいなー」


 アルストロメリアは完全に出来上がっていた。


 その時、酒場の扉が勢いよく開かれた。


「お頼みもうす!」


 聞いたことのある声。ふるまい。酒場の店主は鍋を頭にかぶり、あるものはテーブルの下にかくれ、あるものは椅子を盾にする。

 この女には絶対に関わったらいけないという意思が感じ取れた。


「うげっ、アマリリス」


 アルストロメリアは酒を喉につまらせた。


「やっぱり、メリアだ! 彼女がいたから、メリアもいると思ったのよね。メリア、久しぶり! 吸わせろー!」


 アマリリスはアルストロメリアに抱きつくと、すーすーとアルストロメリアの匂いを嗅いだ。


「やめ……ちょ、お前、離れろ! あ、そこは……あっひゃっひゃっひゃ!」


 数分後、完全に力を吸い取られ、脱力したアルストロメリアが転がっていた。


「アルストロメリア、大丈夫?」

「だから、この世界のアマリリスは嫌なんだ。オレの何かを吸おうとしてくる」

「さて、どうしてあなた達がここにいるか、説明してもらおうかしら?」



 マリーはアマリリスにこの世界に来た経緯を話した。マリーはカウンター席に座り、左にアルストロメリア、右にアマリリスが座っている。


「ええ! 記憶がないの!?」

「……うん」

「とんだ間抜け個体だぜ。このアマリリスはよ。《想いの力》も全部忘れてると来た」

「え? メリア、わたしがなんだって?」

「お前のことじゃねーよ。ああ、もうややこしいな」


「記憶を思い出す方法なんてないの?」

「さあな、オレも聞いたことがねぇ。そもそも、なんで記憶を無くしたかね。お前さん、最初の記憶は?」

「え、なんか無限に続く花畑だったけど……」

「花畑? オレはそんな世界知らねぇな」

「花畑か、王宮にある庭園ではないのよね」

「世界そのものが花畑だったわ」


 二人とも花畑の世界に心当たりはないようだ。


 三人が話していると、酒場の外から、甲冑が擦れる音が複数聞こえてきた。


「そうだ。わたし逃げ出してきたんだったわ! あ! いいこと思いついた。この子が記憶を取り戻すかもしれないし、わたしが逃げれる方法よ」


「ほう?」


「まずはね。わたしの冠をこの子に被せるじゃない。そして服も取り替えね。あとこの剣も携えてね。気をつけてねこの剣、すごく斬れるんだから」


 着せ替え人形にされたマリーは、いつの間にか、アマリリスの格好になっていた。その剣はローズがもっていたものと同じ剣だ。


 そして、酒場の扉が開いたと同時に、アマリリスとアルストロメリアはカウンターの中へ飛び込んで隠れたのだった。


「え?」


 アマリリスに関わったら碌なことにならない、とマリーは実感した。

 アルストロメリアが避ける理由が分かった気がする。アマリリスは破天荒で天真爛漫で、いわばこの世界の主役だった。


「アマリリス様、お探ししましたよ。さあ、王宮へ帰りましょう」


 迎えにきたエスカリエ騎士にマリーは連れて行かれた。

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