45 アマリリスの世界

 エスカリエの街並みはマリーの記憶しているものと酷似しているが、どこか別の世界にいるような感覚に陥る。街並みの光景がどこか淡くみえ、現実感を喪失させる。


 それは、マリーのいたエスカリエとは世界線係数が数%の誤差で違うからだろう。元々この世界の住人だったら気づかないレベルだ。


「ここはアマリリスが世界に降臨し、最初に完全なる世界を創ろうとした世界だ。《新たなる世界の複製》はあくまでも世界の複製。99%同一の世界を創るが数%のずれが生じる。う、うっぷ、おえええええ」


 アルストロメリアは吐いていた。噴水広間の水場に吐瀉物が吐き出されていた。


「アルストロメリア、あなた、大丈夫なの?」


 マリーはアルストロメリアの背中をさすった。


「オレは観測している世界が多いから、並行世界のズレを感知しやすいんだ。だから世界酔いも酷くなる。うっぷ、おええええええ」


 アルストロメリアはまた吐いたのだった。


 マリーはアルストロメリアの背中をさすりながら辺りを見た。


 たしかにマリーの体験したエスカリエと似ている。


 違うところは学院の制服を着ている人がいないこと。それと、人々はどこか活気にあふれ、体の欠けた人間はいなかった。


「これがアマリリスの世界、戦争が始まる前の世界なのかしら」


「さあな。アマリリスはこの世界でも女王をやっているはずだ。ちなみに、アマリリスに直接会うのはやめたほうがいいぜ。あいつは一番風みたいなもんだし、ずっと同じところにいるとは思えん。第一、あいつと関わると碌なことにならねぇ」


「そうだ! ここはアマリリスの世界なんでしょ? 私たちがいることで矛盾しちゃうんじゃないの?」


 アルストロメリアは口元を拭いながら答えた。


「言っただろ。《新たなる世界の複製》は、新しく創造された世界だ。ようは、オレたちが来ることが織り込まれた世界ってことだ。オレたちの存在は矛盾しないが、オレたちの行動で歴史が変わるという意味でもある。観測者が歴史を変えてしまえば、観測したい事象も消える可能性があるってこった。なるだけ、穏便に観測することをオススメするぜ」


「派手な行動をしないで、女王に会うってどんな方法よ」



 マリーとアルストロメリアが話していると、二人の甲冑を施したエスカリエ兵がやって来た。


「まずいな、アマリリス、顔を隠せ」


 マリーは制服のフードを深くかぶった。


「失敬、その女性は君の連れか? いや、誰かと似ていると思ってな。こんな所にいるはずがないと思ったのだが」


 アルストロメリアは、慣れた手付きで身だしなみを整えると、目を大きくさせてエスカリエ兵に答えた。


「やだな~、人違いじゃないですか? 私たち、姉妹で王都にきたばっかですし」


 まるで気品ある令嬢のような口調だ。外では猫をかぶるらしい。


「ふむ、たしかにかの御仁に姉妹がいるとは聞いたことがないな」


 もう一人のエスカリエ兵がマリーのフードを覗こうとしたが、マリーは俯いた。流石に女性の顔を覗こうとするのは不適切だと判断したのか、エスカリエ兵は諦めた。


「やはり、人違いであったか。失礼、時間をとらせてすまない。これは詫びの品だ。陛下のいう話では、時は金なりというらしい。せっかくの王都だ。ぜひ楽しんでいってくれ」


 エスカリエ騎士はアルストロメリアに銅貨の入った包を渡した。


「ありがとうございます」


 とアルストロメリアはまるで貴族の令嬢のような優雅な礼をした。


「アマリリス、もういいぞ」

「もう行ったの? はあ、なんで私がアマリリスだと勘違いされてるのかしら」

「いや、お前はアマリリスだといっておろうに。ともかくタダで金が手に入った。飯だ、飯を食いに行こう」



 エスカリエの食事処としては余りにも豪華に欠けていた。テーブルも椅子も木なら知らず、コップも食器も木で料理が出されている。

 アルストロメリアはカウンター席に座ると「酒!」と注文していた。

 中性的な容姿の店主がアルストロメリアの注文を渋ったのだった。


「ごめんなさいね、お嬢ちゃん。お酒は子供に出しちゃいけないの」

「何を言っている。オレは子供じゃない。200年と99年生きている」


 なんて声が聞こえてきた。


 マリーはまずはアマリリスの居場所を聞き出そうと、店にいた客に聞いてまわった。


 老人が言うには、

「アマリリス? ああ、陛下のことですな。確かな力があると聞いております。ほら、ここから八百屋がみえるでしょ?」


 視線を向けると八百屋というか物置ともいえるガラクタ置き場があった。

「以前、陛下が南から来たという男をふっとばしたところです」と。


 冒険者風の男性が言うには、

「ああ、陛下なら昨日、その通りをものすごい勢いで駆けていったぜ」と。


 戦士風の男性が言うには

「アマリリスか! くそ! エスカリエを平定する前に一度勝負を挑むべきだった」と。

 戦士風の男性は、アルコールの入ったジョッキを一気飲みすると、ダンッとテーブルにぶつけた。


 調査を終えたマリーはアルストロメリアの所に戻った。


「うーん、アマリリスって女王じゃなかったの? なんかすごい派手なイメージになったのだけど」

「よーう! アマリリス! 何か進展はあったのかー!」


 アルストロメリアは酒の匂いを纏わせて、片手にジョッキを持っていた。


「あなたねぇ、連れてきたのだから、少しは手伝ってくれてもいいんじゃない?」

「あいつと関わると碌なことにならねぇって。向こうから来るのを待つしかないな」

「向こうからって……」


 マリーは酒場の扉に手をかけた。


「おい、アマリリス、どこへいく?」

「ここはアマリリスの世界なんでしょ? なら、アマリリスが私に会いに来る未来はないってことじゃない。だったら私から会いにいくわ」


 そういってマリーは酒場をあとにした。

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