44 アルストロメリア
その世界の主は目覚まし時計の代わりに、少女の泣き声で目が覚めた。途方もなく長い夢をみていたようで、最悪の目覚めだった。
すべての並行世界の観測者である彼女は、あらゆる並行世界の移動を感知できる。それは、学院から草原へと飛ばされたマリーも例外ではなかった。
「……ったく、うるさくて眠れやしねぇな」
ベッドから起き上がると、外套の白衣だけを羽織って、別の並行世界へ移動する《想いの力》を発動した。
「《
見知らぬ草原にて、存分に泣きつかれたマリーは、涙が枯れて目は赤くなっていた。
その膝を抱ええたマリーに、一つの影が覆いかぶさった。それに気づいたマリーはゆっくりと顔を上げる。
紫がかった黒髪で、およそ幼女と言える身長であり、白衣は地面に付いていた。
「アマリリスさんよ、勝ってに人の世界に来ておきながら喚き散らかすの、やめてもらえませんかね?」
その年端も行かぬ少女は、ある意味口調は大人びていた。
「……誰?」
マリーは生気を失ったようすで、膝を抱えたまま答えたのだった。
「おいおい、とうとう妹の顔まで忘れちまったのですかい。まあ、てか、直接会うのは初めてだったかもしれんな」
黒髪の少女はマリーに手を差し伸べた。絶望に包まれていたマリーの心に光がさした。
もしかしたら、マリーの物語はまだ終わっていないと思うと、マリーは自然とその手を握っていた。
「はじめましてだな。アルストロメリアだ」
マリーはその日、その草原にて、アルストロメリアと出会った。
「アルストロメリア?」
「そうだ、そうだとも。オレこそが偉大なる神の半身、アルストロメリアその人だ。かーかっかっかっか!」
アルストロメリアは腰に手を当てて高笑いをしたが、その低い身長のせいか覇気は感じ取れなかった。
「勘違いさせて、ごめんなさい。私、アマリリスではないの。マリー……でもないのか、私って誰なんだろう……」
「誰も彼も、オレはお前をアマリリスだと認識しているぜ。神の保証書つきだ。ああ、保証書には別料金がかかるぜ」
「私のこと知ってるの!? お願い、教えて!」
マリーはすがる気持ちでアルストロメリアの肩を掴んだ。
「ああ! もう寄るな! 教えてやるから、大人しくしてろ!」
マリーは草原に正座し畏まった。マリーが正座してようやく、アルストロメリアの視線と同じ高さになった。
アルストロメリアはコホンと咳払いをして説明を始めた。
「こういう昔話がある。神の見習いアマリリスは世界を創造した。だが、その世界は不完全であった。アマリリスは世界を完全なる世界にするべくこの世界に降臨した。だがな、世界に降臨する際、アマリリスは高次元の存在だったために、二人に分裂した。それがオレ、アルストロメリアであり、お前、アマリリスだ」
「私が……神?」
「ああ、そういうこった。オレとお前はある意味、同じ存在から生まれた。まあ、言うならば姉妹だってことだ。そして、オレたちにはこの世界を完全なる世界にする使命がある」
「ちょっと待って。私の名前はマリーのはずよ。いや、あの世界には本物のマリーがいたからマリーではないのかもしれないけど……」
「なら、確かめてみるか? お前が神である存在証明を」
アルストロメリアは二本の指を空中へと突き立てた。
「《
紫がかった光は渦状になり、空中で一つの球の塊になった。そしてその球体には無数の光の粒があった。
「これは?」
「これは世界の複製。今の《想いの力》は世界を創造する力だ。ここにある光はそれぞれが星であり銀河であり、世界だ。なんだ? 信用してないのか?」
「これが世界だと言われても、はいそうですか、ってなるわけないじゃない」
「なら、見てみるといい。この世界を」
アルストロメリアは二本指をマリーに向けて詠唱した。
「《
マリーの目に紫色の光が纏った。
「何をしたの?」
「何、命に問題はないぜ。何せ、オレたちは不老不死だからな。お前、その目でもう一度見てみろ」
マリーはその目で空中に漂う球体を見た。景色が映像として流れてきた。人、動物、植物、陸、海、空。
「これは……世界?」
「ああ、そうだ。それが世界であり、オレたちはその世界を完全なる世界にしなくちゃならない。そして、この世界の創造には面白い性質がある。――《
アルストロメリアが詠唱すると、もう一つの球体が現れた。アルストロメリアが先に創造した光の球体と、もう一つの光の球体をぶつけると二つはすり抜けるように重なった。
「影と影がぶつからないように、いや、光と光がぶつからないようにというべきか。世界は互いに干渉せず、一つの世界になる。そして、それは世界からしたら、並行世界として存在するだろう。ほれ、もう一度、見てみろ」
マリーが重なった世界を見ると、景色が流れてきた。人、動物、文明、街並み、王城、戦争、人が血を流して倒れた。
マリーは慌てて目を瞑った。
「クックック、変なものでも見たか?」
アルストロメリアはニヤニヤと笑った。
アルストロメリアが世界を重ねたことで、世界に変化が生じていた。そして、それは多分、ある程度アルストロメリアの意のままに操れるのだろう。
「わざと、やったわね」
「何、ただ、からかっただけだ。話をもどすぜ。ようは、オレとお前は神であり、並行世界を操る力で世界を完全なる世界にしようってことだ」
「それが《想いの力》ってことかしら?」
「そうだ。より厳密にいうと《想いの力》は重い力、重力から導かれる力で――」
「ちょっと待って。アルストロメリア」
マリーはようやく、普段の冷静さを取り戻した。一旦、心と頭を整理する。アルストロメリアの言葉に嘘、偽りがないのは理解した。
だが、それを認めるならば、自分が神だということも認めなければならない。
マリーは深く深呼吸すると気を張ってアルストロメリアの次の言葉を受けた。
「ああ、お前の由来を確かめる話だったか。なら、簡単な方法があるぜ。実際に行って確かめればいい」
「行く?」
「お前、何寝ぼけたこと言ってんだ。見るだけが観測だと思ってないか? その世界へ行き、体験することも観測の一つだぜ」
アルストロメリアは、別の並行世界へ移動する《想いの力》を詠唱した。
「《
マリーとアルストロメリアは光を纏って、次の瞬間マリーの視界が光で満たされた。
草原からは二人の少女の姿が消えたのだった。
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