54 アマリリスの記憶 最初の弟子

 アマリリスに平定される以前のエスカリエはどこか殺伐としていて、盗みが横行し商品として奴隷が並べられていた。


 そんな街中のレストランにて、アマリリスはレストランのテラス席に座って、眠っていたヴィルヘルムにフォークを向けた。


「起きなさい! ヴィルヘルム! わたしのご高説中に寝るんじゃありません!」


《想いの力》の代償、抗えない睡魔により、眠りについていたヴィルヘルムは、慌てて目を覚ます。


「いい? わたしが最初につかったのは《完全なる世界の顕現》よ。本当はこれで完全なる世界を顕現する予定だったけど、なぜか失敗したの」


「ええ、この世界が不完全な世界なために、《不完全な世界の顕現》になったと、何度も聞かされました」


「違うわ、ヴィルヘルム。肝心なことを忘れていたの。わたしが世界に降臨したとき、もう一人の半身が分裂した話はしたわね。そのとき、一緒に三つの黄金が飛んでいったみたいなの」


「ええ、それも聞きました。アルストロメリア様の話も、三つの黄金の話も」


 ヴィルヘルムの眼が、また閉じそうになってきた。


「わたしが思うに、《完全なる世界の顕現》が《不完全な世界の顕現》になる原因にこの三つの黄金が欠けてるからだと思うの。――って、起きなさい! ヴィルヘルム!」



 アマリリスは世界に降臨し、完全なる世界を創るべく動いていた。


 手始めに詠唱した《完全なる世界の顕現》は、並行世界の一部を召喚する《不完全な世界の顕現》に書き換えられたが、その場に金塊を召喚し、今のアマリリスの資金源になっている。


 アマリリスの噂はたちまち広がり、《想いの力》の一端を知ろうと多くの人間が集まって来たが、ほとんどの人間は『適正』がなく《想いの力》を使えなかった。


 そして唯一、《想いの力》を使える人間が、アマリリスの最初の弟子ヴィルヘルムだった。


 ちょうどアマリリスがテラス席で肉を頬張っていると、浅黒肌の筋骨隆々とした体をさらけ出して、胴鎧だけを身に着けた戦士風の男が、荷物袋を肩に担いで現れた。


「俺は南の国から来た風来坊、オルヴェイト・アステリカという。力を求めて旅をしているものだ。ここに少々、腕の立つやつがいると聞いてきたが、まさか、女だと思いもしなかった」


「はあ?」


 アマリリスはヴィルヘルムに顔を向けた。


「なに? ヴィルヘルムの知り合い?」


「いえ。察するにアマリリス様に用があるようですな。そうえば、オルヴェイト・アステリカというと、南を牛耳るアステリカ家とアーレンファスト家が小競り合いをしているとか。もしや一人で千人を相手したというアステリカ家の君主では?」


「ほほう。ここまで俺の噂が轟いているとはな」


 オルヴェイトは髭を撫でた。


「それはさておき、アマリリス様。この男、さきほど腕の立つと言ってましたが、一体何をしたのでしょうか?」

「さあ? 心当たりがないわね。わたしの金塊を奪おうと、チンピラが襲いかかってきたけど、ボコボコにしただけよ」

「たぶん、それですな。あれほど、勝ってな行動はお慎みくださいと言っていたのに」


 オルヴェイトは荷物を下ろすと刀剣ファルシオンを取り出した。


「それで? もちろん俺は女をなぶるつもりはないが、代わりにその神官が俺の相手をしてくれるのか?」


「いいわ、わたしが相手してあげる。ヴィルヘルム、ちょっとそのナイフ貸して」


 ヴィルヘルムは食事用のナイフをアマリリスに渡した。


「まさか、それで闘うとでも? 女を相手するのは少々気がのらないが――」


「《完全なる世界の再現プレイ・ザ・パラレル》」


 オルヴェイトが言い終わる前に、アマリリスは詠唱した。

 オルヴェイトの目の前に無数のナイフが召喚され、視界を埋め尽くす。


「は? はああああああああ!?」


 召喚された無数のナイフは突風を生み、オルヴェイトはレストランの対面にあった八百屋まで吹き飛ばされた。


「おお、アマリリス様。今のは?」


「《完全なる世界の再現》よ。ヴィルヘルム、支度しなさい。わたしたちはこんなチンピラに構ってる暇はないの。今度は、世界規模の《完全なる世界の再現》を詠唱するのよ。そのために、まずはこの国をどうにかしないとね」

「畏まりました」



 数分後、八百屋にてオルヴェイトは西瓜を頭にかぶって起き上がってきた。


「可憐なだけでなく、これほどまでに強いとは。ふっ、気に入った。このオルヴェイト・アステリカ、是非あなた様の配下としてその力を学びたく思う」


 だが、すでにアマリリスの姿はなく、代わりに八百屋のお婆さんがオルヴェイトの前に居た。

 八百屋のお婆さんは、オルヴェイトに手をだすと「弁償」と言ったのだった。

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