11 フリーダ・ユスタナシア

「マーガレット・ルイス・アステリカ」


 割って入る声が聞こえた。金色の髪に縦ロール、貴族服に扇子を広げ、ハイヒールを鳴らしながら階段を降りてくる。


「……と、騎士にもなれなかったゴミ虫ども、ごきげんよう」


 ドレスを掴み、丁寧な挨拶をする代わり、ローズたちに侮蔑の言葉が混じっている。


「ご、ゴミ虫だと、フリーダ貴様!?」


 キャンキャン吠えるローズを甲冑の少女四人が止めに入る。


「フリーダ……せめて学院では制服を着ろというのに」


 マーガレットは特に敵対視してるわけではないが、相手が敵対視してるので相応の態度をとった。


 フリーダ・ユスタナシア、メイド養成学校の第二位。貴族産まれの彼女は、才能に満ち溢れ自分が一番だと思っていた。

 しかし、ルイス・アステリカという天才には一度も勝てなかった。


「あんな庶民が着る服、私には相応しくありませんわ。ねえ、マーガレット・ルイス・アステリカ。まあ、マーガレットなんて大層な名前、そこのイモムシはローズというのに」


「ムキー! イモムシだと!? フリーダ、これは母上がくれた誇りある名前だ!」


「フリーダ、ローズに謝りなさい。順位など過去の話ではありませんか」


「過去? 過去も未来もありませんわ。この世界は現在があるのみですのよ。ねえ、ルイス。本当にあなたにマーガレットという名前は相応しいのかしら?」


「何が言いたいのですか?」


「私はただ、ルイスにはマーガレットは相応しくないと思っただけですのよ。マーガレット・ルイス・アステリカ。カタリナ様と同じ、マルガレーテ」


 マルガレーテ・カタリナ・アルスバーン。フラワーロードを冠した彼女は学院では有名だった。


 平民出身のマルガレーテを好む貴族は少なかったけれど、学院にはマルガレーテのファンが少なからずいた。


 フリーダは去り際に狐面をした少女を見つけた。


「あら? 見かけない顔ですわね。フリーダ・ユスタナシアでございます。以後、お見知りおきを」


 と丁寧な挨拶をされたので、マリーは、


「メアリーよ」


 と手を差し出したが、フリーダは無視して去っていった。


 空中に放り出された手をみて、誰もが皆、友好的ではないんだと知った。


「相変わらずだな、フリーダは。まだ養成学校のことを引きずっているのか」


 やれやれとローズは肩をすくめた。


 侮蔑の言葉には慣れているらしい、というより、ローズはフリーダと対等な関係だと思っているようだ。そう、この関係はなんというのだっけか。



 ローズたちと別れたあと、予定通りカルネラの研究塔へと向かった。


「マリー様、もし気分を害されたのであれば王宮へ帰還しますが?」

「どうして? 私、結構楽しいわよ」

「それならいいのですが」


 階層を下り三階層、石畳のところまで降りてきた。本棚沿いには生徒がいるけど、石畳には誰もいない。


「この石畳なにに使うの?」


 マーガレットをみると顔を横に振った。


「自分も使われてるのを見たことがありませんね。学院ができる前の建物の名残だと噂されていますが、あれ? ここは最初から学院ですからおかしいな」


 カルネラもこの石畳の意味をしらなかった。上をみると全ての階層からこの石畳をみれるようだった。



 マリーはカルネラの後ろを歩いていると急に立ち止まったカルネラにぶつかった。


「ちょっと! ちゃんと前みて歩いてよね!」


 カルネラの横から顔をだすと連絡通路の入り口に男が立っているのがみえた。


 長身で筋肉質、スキンヘッド、カルネラと同じ研究服を着ていた。


「よう、カルネラ。そろそろ来るから迎えにいけって言われてさ。ちょうど一分前、先生に言われて来たら、ちょうどお前が来たってわけ」


 カルネラは自分の行動が看破されたことに驚いて止まっていた。


「マリー様、こちらは自分の同僚のエドモント・ウィップです」

「挨拶はいいからさっさといこうぜ。そういや、珍しい人が来てるぞ」

「珍しい人?」


 エドモントに案内される三人だった。地下の連絡通路は電気で照らされていた。時代を勘違いする感覚だ。



 学院の研究者は癖のある人が多い。カルネラの師であるボーア・シュトレイゼンも例外ではない。


 ボーア・シュトレイゼンは《想いの力》の研究者、とりわけ想力者と呼ばれる者の一人だ。


 特に軍事用に開発されたものが多く。一振りで数千の斬撃を放つ《完全なる世界の再現》の開発者だ。


 教授室へはいると、教授椅子に座る初老でスラリとした体格、チェーン付きの丸眼鏡をした男性と、ソファで大型本を読む少年の姿があった。


 ボーア・シュトレイゼンは教授椅子から立ち上がると、三人のところへ来て狐面の少女の前に跪いた。


「これはこれは、女王陛下がこのようなところにおいでなさるとは、恐縮でございます」


「どうして私が、女王だというの?」


「ルイス・アステリカとカルネラ・アルスバーンが近衛に任命されたと聞いておりましたので、その二人の間にいる方こそ、女王陛下であると考えた次第です」


(ああ、なるほどね。だったら、分かる人にはバレバレだったてことか)


 マリーは狐面を外した。くすみを帯びた赤茶色の髪が翻った。


「なら、この仮面はこの部屋では必要ないわね」


 ボーアはマリーの顔をみると光悦した表情をした。それは自分の思考が的中した喜びであろう。


「カルネラとメイドのお姉ちゃん、こんにちは。あと、お姫様、ごきげんよう」


 少年の身長はマリーより低く、白衣は床についていた。エドモントの言っていた珍しい人とはこの少年のことだろう。


「僕は、リンド・リムウェル・アルストル。ミーヤも一緒だ」


 リンドはソファで丸くなってた猫を抱えて挨拶した。黒猫もにゃーんと鳴いた。


「ねこ?」

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