10 ローズ近衛分隊
エクアトール学院は特殊な造りをしている。円形の二階層分の建物、地面をくり抜くように階下に三階層見える、合計五階層の造りだ。
中心は吹き抜けになっていて、地下三階にある石畳まで光が差し込んでいた。円状のエクアトール学院の周りには研究塔が立っており、円状廊下の扉から連絡通路を使って行き来できる。
一、二年間在籍しているものを学習者、三、四年間在籍しているものを習得者、五、六年間在籍しているものを実践者、そして学門の極地にたどり着いた者を超越者と言う。
入学試験は、適正検査と筆記試験のみで、試験期間は一年中、いつでも受験できる。ゆえに、一年生が集まるようなクラスは存在しない。各々、連絡通路を使って研究塔へいき、己の『適正』のある授業を受ける。
学院の内部は壮観だった。壁は全て本棚であり学院というよりも図書館に近い。
「すっごーい! あれ全部本? めっちゃ多いじゃない! おっと」
マリーははじめて見る景色に興奮を抑えられない。身を乗り出し落ちそうになったところを二人に引っ張られた。
「マリー様」
「はいはい、気をつけますよ」
マリーはローブについたホコリを払った。
「一階層は学院の出入り口があるのでメイド養成学校、騎士養成学校の生徒をよく見かけます。階下に行くほど 専門性があがり、地下一階層は学習者、地下二階層は習得者、地下三階層は実践者が多い印象です。ちょうど東と西に階下に降りる階段があります。一階層の北には二階層へ登る階段。二階層は、図書館で司書長室へとつながる連絡通路があります。これから向かう研究塔は地下三階層から連絡通路を使って行けます。さあ、こちらです」
「ここも迷いそうね」
学院の案内はカルネラに一任している。カルネラが前を歩き二人は並んで歩く。狐面で見られることはあるが、マリーだと気づく様子はない。
円状の廊下を四分の一進んだ所に廊下と並ぶように下の階層と繋がっている階段があった。
下の階層に行くほど生徒の数は多くなり、当然マーガレットとカルネラを見知っている人もいる。
「ルイス殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ローズ」
ローズと呼ばれた赤髪のショートヘアをした騎士風の少女は、全身甲冑を着た四人の少女を連れて走ってきた。
マーガレットとローズはメイド養成学校の同期で幼なじみ。
もっとも、常に一位を取り続けるルイス・アステリカと、ほどほどにやって三位に落ち着いたローズ・ヴァレンシュタインに挟まれた二位の少女は、常に劣等感を感じていたに違いない。
「騎士に選ばれたって本当か!?」
「ええ、マーガレットの冠花を頂きました」
「見事であるな。私の近衛分隊も認められたいものだ」
ローズは晴れやかな表情で自分の胸に手を当てて誇らしげに言った。
(近衛分隊?)
聞き慣れない単語にマリーはカルネラに耳打ちした。
(マリー様、非公式です。学院では、王宮にまだ存在しない地位をつくり認められようとする者がいます)
(あー、私が二人を近衛にしたときみたいに、あらかじめ組織をつくっておくのね。それで非公式だけど、認められて公式にしようと、いいじゃない。認めちゃえば?)
(学院と王宮は別組織です。正式に認められようとすると、ヴィルヘルム閣下の承認が必要になります)
(それは……めんどくさいわね)
「ルイス殿、いいやマーガレット殿、この際、それとなくでいいのでマリー女王陛下に私たちの存在を知らせてくれないだろうか? きっと私たちが頼もしい騎士だと認めてもらえるはずだ」
「ローズ……」
マーガレットは呆れた様子で肩の力を抜いた。
マリー女王陛下はここにいて、たった今ローズ近衛分隊の存在を知ったところだ。
マーガレットはマリーに視線を向けると、マリーから「ちょっと私に振らないでよね」という目力を受けた。
「ローズ、第一あなたは《想いの力》の適正が……失礼言い過ぎました」
学院において相手の適正の有無を問うのは、相手を軽んじているに等しい。
ローズとそのローズの率いる四人は《想いの力》の適正が認められなかった。ゆえに、純粋な騎士として鍛錬を積んでいる。
《想いの力》の適正が認められた者は学院でも少数派だ。
「何、大したことではなかろう。《想いの力》が使えなかったって剣で女王陛下を守れれば問題ない」
高々に宣言するローズだったが、後ろの四人から、
「でもローズ、ルイス殿に剣で一度も勝てなかったではないか」
「全線全敗でしたね」
「所詮は同好会ですのよ」
「……敗北者」
と野次が飛んできた。
「なんだと貴公ら! 貴公らがそんなんだから知名度がないんだろう!?」
「やるか、ローズ」
「挑戦者あらわれますわ」
「四対一、勝てるはずありません」
「……圧倒的勝利」
そういって五人は喧嘩をはじめた。
マーガレットは額に手を当て同期が君主の前で暴れるようすを恥じるのだった。
結局、ローズは体術のみで四人をいなし、結果、ローズの一人勝ちだった。
「努力しても適正がないと駄目なのね。運命みたいで私は嫌よ。……あ、そうだ」
マリーはマーガレットに耳打ちをした。
「……え? はい。畏まりました」
「コホン、ローズ、そういえばマリー様はこう仰せられていました。名も無い騎士を五名ほどほしいところだ。機会があれば呼びましょう、と」
「それは本当か!?」
「ええ、確かにマリー女王陛下の言葉です」
「それは嬉しいものがあるな! ところで、マーガレット殿、その狐面をした人は?」
ギクッとマリーはカルネラの陰に隠れようとしたところを見つかった。カルネラの影はどうも薄い。
「ああ、私? 私は……メアリーよ」
マリーはまた嘘をついた。
「ローズ・ヴァレンシュタインだ。メアリー殿、よろしく頼む」
ローズは手袋をとって手を差し出した。マリーはそれに答え握手をした。
「ああ、そうか。マーガレット殿はメアリー殿に学院を案内していたのだな」
「まあ、そんなところです」
ローズには目の前の少女が女王陛下その人であるという考えはないらしい。
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