12 神はサイコロをふらない
三人は教授室にあるソファにマリーが中央になるように座った。対面にボーアと二人分のスペースを専有するリンド・リムウェル・アルストルが黒猫ミーアと一緒に横になって大型本を読んでいる。エドモントは自分の研究に戻った。
「リンド・リムウェル卿。フラワーロードと言われるあなたが何故この研究室に?」
口火を切ったのはカルネラだった。
リンド・リムウェル・アルストルはフラワーロードを冠した《不完全な世界の顕現》の超越者だ。
《不完全な世界の顕現》では物質の召喚は容易だが、現象の召喚は困難と言われている。
リンドは未解明の現象についてもありのまま召喚することができる。
アルストルの名前は、エスカリエ北部を支配するアルストル家の一員を示す。
もっともアルストル家は血筋ではなく、孤児を引き取ったり、才能ある人才を引き抜くので組織としての意味合いが強い。
先の南西戦線ではフラワーロード、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンと同じく、フラワーロード、リンド・リムウェル・アルストルも参加していた。
「君に手紙だ。カタリナから」
リンドは栞がわりにしていた封筒をテーブルにおいた。
「伯母上から? なぜ自分に?」
「僕も疑問に思ったよ。なぜ、血筋の強い父母ではく、甥っ子であるカルネラだけに手紙を残すのかと。もちろん中は見てないよ。変な問題は抱えたくないからね。僕からは以上だ」
「それだけですか?」
「ああ、あと僕もここの研究者になったから」
「ワシも驚いたよ。君が近衛騎士になったから新しい人員を探していたところだったからね。まさかリンド・リムウェル卿だとは思いもしなかった。ワッハッハッハ」
「分からないことがあるわ。なぜ私たちがここにくるって分かってたの?」
マリーは率直な疑問を問いかける。
「ミーヤに教えてもらった」
リンドは猫を指し示した。
「……そういえば開発中の《想いの力》がありまして、陛下、一つゲームでもしませんか?」
「え? まあ、いいけど」
ボーアはサイコロと中が見えないコップをとりだした。
「ワシがサイコロをコップにいれ振ります。それでどの目が出たか当てるゲームです。もちろん、サイコロに細工なんてしてません」
テーブルに置かれたサイコロを確認する。立方体の六面のサイコロ、単純に考えると当たる確率は六分の一だ。
「ではいきます」
ボーアはサイコロをコップにいれ、シャッフルしてテーブルに置いた。
「さて何の目がでたでしょう?」
「確率でいえば六分の一よね。とりあえず3かしら」
「では私は4を」
「自分は2で」
「おやおや、お三方とも別々の目をいいなさる。三人のうち一人でも当たればマリー陛下の勝ちでよいでしょう」
「あら? ずいぶん強気じゃない?」
「ワッハッハッハ。ワシはどうも運の強いほうなようで、リンド・リムウェル卿はいかがされますか?」
「僕はやらないよ。ボーアのイカサマにはうんざりだ」
「ワッハッハッハ、リンド・リムウェル卿、イカサマと言われればイカサマですが、ではワシは1だと思います」
ボーアはコップをとるとサイコロは1の目をだしていた。
「……まあ、運勝負ならこんなもんよね」
「ではもう一度やりましょう、今度はサイコロを二つにして、陛下がお振りください」
マリーはもう一度、二つのサイコロに細工がないか確かめ、コップも確認した。特に変なところはない。二つのサイコロでは当たる確率は積の三六分の一だ。
マリーはサイコロを振った。
「《
ボーア・シュトレイゼンはそう詠唱していた。
「そうね、全然思いつかないわ。1と2でどうかしら」
「では私は3と4を」
「自分は5と6で」
「ではワシは1と1だと思います」
マリーはコップをとるとサイコロは1と1の目をだしていた。
「ワッハッハッハ。またワシの勝ちでございます。マリー陛下」
マリーは釈然としない。ボーアとリンドの会話から何か仕掛けがあるようだが、得に不自然な点は思いつかなかった。
カルネラはボーアに問いかけた。
「ラプラスの悪魔でしょうか? 先生」
「いい線をいっているが、外れだ。これは想いだよ」
マリーは聞き返した。
「想い? この目がでたらいいと想ったらいいってこと?」
マーガレットは思い出したようにつぶやいた。
「《純真たる魂の共鳴》、学院では教わりませんが、噂程度に聞いたことがあります。たしか、アルストル家に由来すると」
マリーを含める三人はリンド・リムウェル・アルストルに視線を向けた。
大型本を読んでいたリンド・リムウェルは、本から半分顔だして反論した。
「……嫌だな。僕はボーアに教えてないよ。ボーアが勝手に見つけたんだ。当主様によれば、この《想いの力》は失敗作らしいしね」
カルネラはボーアを問い詰めた。
「聞かせてもらえますか?」
「もちろんだとも、別に隠すつもりはもとより無かったんだ。《不完全な世界の顕現》は知っているかね」
「はい、別の並行世界を召喚する力だと記憶しております」
「そうだ、シュレーディンガーの猫というのは知っているだろう。箱の中に猫をいれ、半分の確率で死亡する装置を用意する。そうだな、ラジウムなんかはいいかもしれない。世界は、箱を開けて猫が死んでいる世界と、箱を開けて猫が生きている世界に分岐する」
「エヴェレットの多世界解釈ですね」
「そうそれだ。《想いの力》というのは、死んでいる猫も生きている猫も観測してしまおうという力なんだ。もっともワシの解釈だがね」
カルネラは神妙な面持ちになり思索に耽っていた。
「そうか。死んでいる猫を観測したなら、生きている猫を召喚する。生きている猫を観測したなら、死んでいる猫を召喚する。これすなわち《不完全な世界の顕現》というわけですか」
マリーは話を戻す。
「それで、《純真たる魂の共鳴》というのは?」
「《純真たる魂の共鳴》、別の並行世界に魂を移動させる力です。もっともこの世界を改変する力ではありません。自分の意識が別の並行世界に移動するだけで元の世界には変化はありませんので。ただし、相手の意識もみちづれにすることで世界が変わったと錯覚させることができます」
マーガレットは理解したようだ。
「つまり、この教授室にいる皆が1と1の目がでる世界へ移動したということですか」
「そのとおりだよ。もっともワシは軍事転用できないか考えたものだが、どうやら復元力があるようだ。見たまえ、もう一度そのサイコロを」
マリーがテーブルに視線を落とすと、1と1のサイコロは1と2のサイコロの出目に変わっていた。
マリーは1と1の目が出た世界、1と2の目が出た世界、二つの世界を観測した。
「その数字が本来この世界で出るはずだった目というわけです。これは……引き分けということですかな、陛下」
マリーは、サイコロを手に取るとボーアに宣言した。
「いいえ、もう一度やりましょう。ボーア・シュトレイゼン、今度は私が勝つまでよ!」
マリーはまたサイコロを振った。
《純真たる魂の共鳴》、別の並行世界に魂のみ移動させる力。《完全なる世界の再現》と同じく復元力があり、改変された世界は自然と元の世界へ戻る性質がある。
《純真たる魂の共鳴》を使って、死んでいる猫を観測したからといって、生きている猫の世界へ移動しても、死んでいる猫の世界へと戻ってしまう。
学院ではあまり知られていなく、アルストル家の者が、資金調達の名目でエスカリエの賭博場を壊滅させたことがある。
エドモントが教授室にお茶をもって来た頃、マリーはすでにいなかった。
「先生、お茶はいりました。あれ? もう帰られたんですか」
「あ……」
「先生?」
「あ……ありえない」
ボーアはテーブルのサイコロをみて、目を見開いていた。《想いの力》の代償、抗えない睡魔により、ボーアは意識をたった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます