13 カタリナ・アルスバーンの手紙

 エスカリエ王宮。マリーは寝室のベッドにうつ伏せになっていた。


「……それで、決着はついたんですか?」


 今日のメイド、カトレアがマーガレットからの申し送りを受けていた。


「いえ、マリー様は自力の運のみですべてのサイコロを言い当てていました。結局、引き分け。まあ、《想いの力》を使用した分、シュトレイゼン教授の睡魔は限界に達し帰還したわけです。戦場では、勝ちなんですが」


 神経を研ぎ澄まし疲れたマリーはベッドにうつ伏せたまま言うのだった。


「勝ったうちに入らないわよ。眠いからって終わりにするなんて、ボーア・シュトレイゼン、彼は逃げたのだわ」


 マリーの戦略は完璧だった。サイコロの位置、落ちる角度、運動量、テーブルとの摩擦係数、あらゆる情報を計算し、サイコロの出目を決定論的に言い当てた。


 ラプラスの悪魔をやってのけた。そのかわり、当初の目的であったカルネラの研究室は訪れなかった。



 エスカノール学院、カルネラは自分の研究室に戻っていた。机の明かりをつけ、今日渡された封筒をとりだす。


 彼の伯母、カタリナ・アルスバーンの手紙。


『拝啓 カルネラ・アルスバーン殿

 不思議な話ですが、私はもう一人のあなたと出会ったことがあります。彼はアランと名乗っていましたが、カルネラが学院に入学した写真を送ってもらったとき、私は彼がカルネラと同一人物だと気づきました。また、ヴィルヘルムとオルヴェイトに妄想だと怒られてしまいますね。あなたなら私のこと信じてくれるかと思いまして、私の見た光景は真実だったのでしょうか。

 エスカリエに栄光あれ、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーン』



 マリーはその夜、夢をみていた。


「――」

「――カルヴェイユ。新しい世界を創ったわ。誰も死ななくて、誰も苦しまなくて、誰も悲しまない、完全なる世界よ」

「――アマリリス様、それではダメです」

「――」

「――ねえ、カルヴェイユどうしよう?」

「――アアマリリス様。その世界へいき、世界を導くのです。そして完全なる世界を創りだしてくださいまし」


「完全なる世界……?」


 寝ぼけたマリーはベッドから落ちた。窓から見える木に新芽が顔を出していた。



「停戦ですか?」


 カルネラはマリーとマーガレットと共に、ヴィルヘルムから通達を受けていた。


「うむ、先の戦いでエスカリエは莫大な領土を手に入れた。しかし、荒れた地に民は宿らん。しばしは内側からエスカリエを固めていかねばなと思ってな。マリー様も、しばらくは自由に動けます。もちろん、開戦時には戻ってきてもらいますが」


 フラワーロードを失った以上、国力を増やさなければならない。フラワーロードの代替となるもの、人員の育成はもっともだが時間はかかる。


「まあ、いいでしょう。けど、私がいなくて大丈夫なの?」

「構いませんとも」


 といいながらも、マリーは内心、自由になったことに歓喜していた。



 マリーはマーガレットとカルネラを引き連れて、学院へと向かっていた。昨日と同じ狐面をしている。


 マーガレットは素朴な疑問を問いかける。


「しかしなぜこの時期に停戦なんでしょう?」


「何が?」

「先の戦いでは死者は一名、国民の士気があがっていますが、停戦すれば士気は下がります」

「そうね。きっとヴィルヘルムには策があるのだわ。士気なんか関係ないような策がね」


 マーガレットは真剣な顔をして何かを考えていた。父が軍隊長なら思うこともあるのだろう。


「ところでマリー様、今日はどちらへ?」

「決まっているじゃない? ボーアのところよ。まだ決着はついてない。あなたの研究室もいってなかったしね」



 マリーたちが学院の入り口へいくと一匹の猫がいた。


「ミーヤだ。出迎えてくれたのね」

「たしかリンド・リムウェル卿の猫でしたね」

「僕の猫じゃないよ」


 否定したのはミーヤの後ろにいたリンド・リムウェル・アルストルだった。


「ミーヤはアルストル家にいる野良猫さ。僕はミーヤと呼んでいるけど、人によって呼ばれ方が違うみたいだ」


 マリーはミーヤを抱えた。


「もしかして、あなた喋る猫じゃないわよね?」


 ミーヤはにゃーんと鳴いたのだった。


 マリーはミーヤを腕に抱いて学院に入った。


「本を探してたんだ。でもこの学院から探すのはとても大変そうだ」


 確かに、学院というより図書館に近い。この中から一つの本を探すのは難しそうだ。


「失礼、道を開けてくれないか」


 マリーが振り返ると甲冑を身に着けた男たちがいた。騎士クラスの者だろう。

「ごめん」とマリーは横にどけた。最後尾の男が「ち、女が」と言ったような気がした。


「何してるのさ、今日もボーアのところにいくんだろ」


 マリーはリンドに催促されてボーアの研究室へとむかった。



「起きなさい! ボーア・シュトレイゼン!」


 マリーは教授室の奥にある仮眠室で眠っていたボーアを叩き起こす。


「何をしても起きないよ、《想いの力》をあれだけ使ったんだ。一日は起きないと思う。姫様も無慈悲だな。昨日の時点で勝ったんだから勝ち逃げしてればいいのに」


 リンドは教授席に座って言った。


「《想いの力》の代償、抗えない睡魔。僕は別の並行世界を召喚した分、その世界へ魂が行ってしまうから、抗えない睡魔が起こると思うんだ。ようは、並行世界と現実世界の区別がつかなくなって本人は現実世界で起きていると思っていても、実はそれは並行世界で、本当の現実世界の肉体は眠っている状態になる」

「ああ、そういう解釈もできますか」


 カルネラはリンドの解釈に感嘆するのだった。


 マリーはしばらくして仮眠室から出てきた。その手にはマジックペンがある。


「あー、私が勝ち逃げしたんじゃなく、ボーアが勝ち逃げしたみたいな気分だわ」

「マリー様……」


「さて、カルネラの研究室をみせてもらいましょう」

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