05 近衛騎士

 王城にはヴィルヘルム率いる神官たちがいる。だいたいは広間で会議中なので、今の王城内部、王宮は人影が少ない。

 

 正面入口には、二手に分かれる回廊がみえ、左右には豪華で巨大な壺に天井まで届く大輪の花が飾ってあった。


 中央には女王の肖像画がみえた。マリーと瓜二つな女性の絵だったが、マリーの髪は肩までなのに対して絵の髪は腰まで伸びていた。


(そういえば、アマリリスにはまだ会ってないのよね。この人がアマリリスだとすると私の姉か母親になるのかしら。姉はないか、今の私が女王なんだし)


 作者の名前は絵の中に隠されていることがある。掠れてよく見えないが『mary』と書いてある。

 作者の名前か被写体の名前かわからなかった。

 けど、皆が少女をマリーだと認識しているのは認めざる得なかった。



「陛下……いえ、マリー様、こちらが給仕室になります。私たちメイドはまず給仕とベッドメイキングを学びます。料理ができるのはシェフといいまして私達メイドとは別の職種になります」


 王宮の案内はルイスの担当だ。彼女はメイドとして王宮に仕えてるので知識は多い。逆に学院には無数の研究棟がありそこに詳しいのがカルネラだった。


 結局、マリーとカルネラは王宮は初見になるのだから反応も似ていた。


「美味しそうな匂いがするわね。ところで、ルイスは学院の生徒でもあるの? メイドなのに二人は知り合いのようだし」

「はい。私は学院が終わったあとすぐにこちらでメイドをやります。カルネラとは同じクラスです」


 エクアトール学院は年齢によるクラス分けをしていない。


 すべては適正があるかどうかで決まる。剣の適正、絵の適正、給仕の適正、さまざまな適正が認められたあと《想いの力》の適正があるかどうか判断される。

 生徒は適正がある分野だけを学ぶので自然と専門的な範囲まで習得することができる。


「ルイスとは5年同じクラスです。同じといっても自分は《想いの力》の適正クラス。ルイスは、剣、給仕、体術、《想いの力》の適正がありますから、一緒になるのは剣と《想いの力》だけですが」


 ルイスは逸材だが、適正クラスを習得するには最低でも3年はかかる。学院では、メインの適正クラスを6年学び、サブの二つの適正クラスを3年ずつ学ぶことになる。


 カルネラのメインクラスは《想いの力》を専門とする想力者、サブは騎士、研究者。

 ルイスはメインクラスは騎士、サブクラスはメイド、想力者。


 特に王宮仕えのメイドは学院に入る前にメイド養成学校に入ることがある。幼少期から給仕、剣、体術を仕込まれ、学院のサブクラスにメイドが認められる。

 この場合、サブクラスのメイド習得に必要な3年間を免除され、メインクラスとサブクラスを6年ずつ学ぶことになる。


 エスカリエにはエクアトール学院があるものの、すべての国民が学ぶ必要はない。エスカリエ国民の性質上、家業を継ぐことがほとんどだった。


 エスカリエの国土は海に面しているのが北側のみで、北側の国土のすべてがアルストル家の私有地になっている。

 ゆえに水産業はアルストル家の独占状態となっていた。


 マリーは二人の関係に何かやきもちする気持ちを感じたが、いまいち自分の感情に理解ができなかった。


「学院かー、私も通ってみたいな」


 なんて女王という窮屈な肩書を捨て、学生になりたいと冗談まじりに言ってみた。



 マリーが王宮を探索していると、ひときわ重々しい扉をみつけた。大理石の広間の先、鎮座する扉は禍々しいオーラを放っている。


「ルイス、これ知ってる?」


「さあ、私も開けたことがありません。ヴィルヘルム様よりそう教わりました。『王宮の最奥、王の間には決しても誰も入ることを禁ずる』と。同僚のメイド曰く、この扉を使ったのをみたのはヴィルヘルム様だけだとか」


「開けてみたくない?」


 マリーはワクワクしながらその扉を開けようとした。

 その時、背後から恐怖に近いオーラを感じた。


 振り返ると、


「いけませぬな。マリー様といえどこの扉は開けられません」


 ヴィルヘルムがマリーの後ろに立っていた。


「まったく、どこへ行かれたかと思いましたが……おや? 従者をつれておられるのですか。たしか、カルネラ・アルスバーン。マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンの甥でしたかな。そちらのメイドはルイス・アステリカ」


「閣下、姫は見つかったのか」


 オルヴェイトが遅れてやってきた。


「姫ではなく、女王だといっておろうに。マリー様、勝手な行動はお慎みください。あなたは女王でございますぞ」


「ねえ、ヴィルヘルム。私が女王だというのならこの扉、女王権限で開けてもらえないかしら?」

「マリー様といえど無理でございます」


「女王権限だとしても?」

「女王権限だとしても無理でございます。その扉は最高権限者の命がないと開けられません」


(女王権限以上の権限が必要。私よりも高位の権限者がいるってこと?)


 オルヴェイトはマリーの従者が実の娘ルイスだと気づくと軽く抱擁をかわす。


 オルヴェイトは軍人。ルイスは学院の宿舎で生活している。二人は久しぶりに再会したのだった。


 その戦士に近い体からこんなにも凛とした少女が産まれることに驚いた。奥さんはさぞ美人なのだろう。


「ルイス・アステリカはメイドだから良いのだとしても」


 ヴィルヘルムはカルネラをみやる。


「カルネラ・アルスバーン。貴殿は想力者。無断で王宮に入ったことに処罰をせねばいけませぬな」

「申し訳ありません、ヴィルヘルム閣下」


 研究者の中でもとりわけ《想いの力》を専攻している者は想力者と呼ばれる。《想いの力》は秘匿されてるため、肩書上は研究者と名乗る。

 この呼名を使うのは王宮と学院だけだ。


「カルネラは私が誘ったの。従者は多いほどいいでしょう?」

「しかし処罰は受けてもらいます。規則を破った者には罰を与えなければ、秩序は乱れてしまいますゆえ。特例は認められません。カルネラ・アルスバーン、指を出しなさい」


 カルネラはヴィルヘルムに跪き、右手を差し出した。


 オルヴェイトは腰に携えていた剣を鞘から抜いた。刃は片側にしかなく、どちらかというと刀に近い。


 エスカリエでの罰はあらかしめ周知となっていた。


 剣が上手ければ腕を、逃げる者には足を、頭がいいものには目を処刑する。その者の得意とするもの『適正』を破壊するのがエスカリエの罰だった。


 人間の場合、《想いの力》を行使するときウロボロスの指輪をはめなければならない。ゆえに想力者であるならば指を処刑する。処罰されたものは、サブの適正を主として生きることになる。


 カルネラは誰もみることはなく、責めることも恨むこともしなく、諦めてるわけでもなく、ただこれが自身の運命だと受け入れて指が切り落とされるのを待っていた。


 ヴィルヘルムがカルネラを処刑しようとしたとき、


「待ちなさい」


 マリーがヴィルヘルムを制した。


 マリーはカルネラ・アルスバーンに向かって、


「カルネラ・アルスバーン。汝を近衛に任命する。騎士となり女王マリーを守りなさい。そしていかなる負傷を許しません」


 次にルイス・アステリカに向かって、


「ルイス・アステリカ。汝を近衛に任命します。騎士となり、女王マリーの剣となりなさい。我が最高の権力をもって汝の盾となりましょう。そしてこの権限はすでに施行ずみ、ヴィルヘルム、あなたに見つかる前からね」


「……なんと!?」


 オルヴェイトは驚きの声を上げた。


 マリーは別の人格が乗り移ったような、意識が分裂するような感覚を味わっていた。女王マリーならきっとこういう振る舞いをするだろうと思った。


 そう思ったら、マリーは言ったことないセリフをすらすらと言っていた。


「ふむ、それなら仕方ありませぬな」


 ヴィルヘルムは剣を鞘に収めた。もう二人はマリーの所有物になっている。許可なく罰することはできない。


 ヴィルヘルムはオルヴェイトに向かって、


「オルヴェイトよ。先程の話だが」

「ああ」


 二人は簡潔にやりとりしたので、マリーは終始疑問符を浮かべるのだった。

 フラワーロード、マルガレーテの後継が決まった。

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