03 王都エスカリエ
マリーは後悔した。
ここは王都エスカリエの中心部、エスカリエ王城の一室。
豪華絢爛な大広間にはメイドと執事と神官がいて、玉座として飾られた一つだけ椅子があるのだがマリーはそこに座っていた。
ボロ布一枚の格好をメイドたちに着替えさせられ、今はドレス姿。
(はあー。私がここに座ってるってことは、王女、いや女王の可能性もあるのか)
記憶のない少女は女王であった、なんて冗談でも信じたくない。金のコップにぶどうジュースを注がれ口に運ぶ。
みると、宝石を身に着けた貴族。鎧をつけ剣を携えた騎士。白と金を基調とした司祭服の神官。
ただ、少なくとも全員が黄金の指輪をはめているのが見える。
「おお、マリー様。今日も麗しゅうございますな」
低い声が聞こえた。戦士風の中年男性は鉄の胴体鎧だけを身に着け、浅黒肌の筋骨隆々とした体をさらけ出して、背中には切っ先のない特大剣がある。
軍隊長オルヴェイト。戦士、蛮族が似合う男で、エスカリエ軍の全軍指揮を一任されている。
「よさぬか、オルヴェイト。さっさと用件を言え」
オルヴェイトの声を遮ったのは、マリーの隣にいる司祭服の老人。白と金を基調とした司祭服、老いぼれてもなお背筋は伸びていて、その腰には剣を携えていた。
神官長リード・ヴィルヘルム。領土を与えられた者を貴族というのなら、神官とは王城に仕える者たちだ。
「閣下は手厳しいな。では報告にはいろう。南西戦線にて、進行が難航。フラワーロードを投入したのちグラディウスの王を抹殺したものの、フラワーロード、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンの死亡を確認した」
聴衆の貴族たちから驚きと悲しみの声がわいた。
「マルガレーテが逝ったか」
フラワーロード、女王に仕える騎士でより選ばれたものに与えらる称号。
彼らは皆、《想いの力》を発動でき、一人で一個師団を壊滅できるとされる。
その強大すぎる力ゆえに、彼らは軍に属さず、指揮権は神官長リード・ヴィルヘルムにある。
《想いの力》の統括リード・ヴィルヘルムによると、門外不出だと言う話だった。敵に利用されると不利になるものは実践で使いたくないという話だ。
ゆえに、エスカリエ軍は剣と大砲で戦うことになる。
「フラワーロードの投入を承認したのはワタクシだからな。マルガレーテの葬儀は王宮で密葬しよう。オルヴェイトよ、アレは回収したか」
オルヴェイトは浄化された布を取り出した。黄金の杯と黄金の指輪があった。
「ふむ、確かにマルガレーテに授けた指輪だ」
ヴィルヘルムは眼鏡を取り出し確認した。エスカリエに伝わる黄金の指輪は、尻尾を噛んだ蛇の形をして、ウロボロスの指輪と呼ばれていた。
この指輪は《想いの力》の発動を可能にする。はめれば誰でも発動できるものではない。基本的に《想いの力》の習得には最低でも六年かかるとされている。
「それでこれが、例の黄金か」
グラディウスに存在した黄金の杯は、超常的な力をもつと言われていた。その杯には、どんな水を入れても飲めるようになり、その水は豊穣をもたらすという。
「……そこでだが、閣下。マルガレーテの後継だが、ルイス・アステリカを推薦したい」
「ふむ、ルイス・アステリカか。確か、貴様の娘ではなかったか」
貴族たちがオルヴェイトを睨みつけた。
フラワーロードを冠した、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンは貴族ではなかった。アルスバーン家は牧場と教会を経営する平民の家系だった。
カタリナがエスカリエに設立されたエクアトール学院に入学したのちに、《想いの力》の適正が認められ、卒業と共にフラワーロードを冠した。
フラワーロードの地位は、王宮の神官たちに承認されるため、事実上、貴族よりも高くなる。
貴族たちからすれば、ただの庶民が自分たちより偉くなるのが気に入らないのは仕方あるまい。
「閣下、ルイスはもう六年生になる、来年には卒業だ。《想いの力》の適正も知っているだろう」
「ああ、知っておる。あれほどの逸材はなかなかいないからな」
「……」
オルヴェイトの顔は軍師ではなく、娘を就職させたい父親の顔のようだった。
「……わかった。考えておこう」
ヴィルヘルムの声に、オルヴェイトは顔を緩めた。貴族たちもヴィルヘルムの判断には逆らえない。
だが、オルヴェイトの提案は意外なものだったかもしれない。
エクアトール学院に入った者はある程度の地位は約束される。エクアトール学院は《想いの力》の適正を確かめるので、卒業生は《想いの力》を知ることとなる。
門外不出を謳う王宮神官たちは、卒業生が国外へ出ることを禁止している。代わりに、エスカリエに仕えることは王国に保証されていた。
普段は王宮に仕えるメイド、騎士、執事、神官の仕事を与えられ卒業とともに定職となる場合がほとんどだった。
『戦死者一名、首都陥落』
エスカリエの新聞にはこう記載された。ただし、ヴィルヘルムの印象操作により、フラワーロードと《想いの力》の記載は全くなかった。
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