02 想いの力

 カエルは人語を介し喋り始めた。


「マリー様。いきなり人を投げるなんて失礼でございますぞ。マナーがなっておりませぬな」

「ああ、はあ、ごめんなさい」


 カエルに説教される少女がいた。


 少女は戸惑った。少女には、自分をマリーと呼ばれる覚えはない。でも、本当のことを話して、じゃあ人違いでしたさようなら、となるのも嫌だった。


 今はこのカエルの話に合わせるしかない。


「私を探してたの?」


 再確認する。一人称、私。相手の返答次第では自分が誰なのかが分かる。


「そうですとも。このカルヴェイユ、アマリリス様の命に従いマリー様をはるばるお迎えにきた次第であります」


「そう……なるほどね」


 少女の名前はマリーで、このカエルはカルヴェイユというらしい。そして、アマリリスは別人だと分かった。


「しかし驚きましたぞ。花畑の丘でお見かけしたと思いましたが、アレは《完全なる世界の顕現》でございましょう。いや、どちらかというと不完全なものでございましたから、こうやって見つけられたのですから《不完全な世界の顕現》といったところでしょうか」


「?」


 なんのことだろう? 少女は見知らぬ花畑で目覚め、いつの間にか海のある所に来ていただけだ。


 カルヴェイユの言うアレとは、丘の頂上から海が見えるようになったアレのことだろうか。


「《完全なる世界の顕現》、アマリリス様が開発された《想いの力》でございます。とはいっても、最期まで不完全なままでしたが。想像を現実に変える力と言われていますが、正確には並行世界を召喚する力でございます」


 カルヴェイユの言葉を察するに、海が見えるようになったのは、少女の力によるものらしい。《想いの力》と言っていたが、あいにく、覚えがない。


 少女はカルヴェイユの言葉から拾えるところで聞き返した。


「想像を現実に変える力?」

「ええ。いわく、想像のままに現実が書き換わると感じるようで、《想いの力》は並行世界を操作する力だというのに」


 どうやらこの世界には《想いの力》があるらしい。たしかに、花畑が海に変わったときも少女は想っただけだった。


 だが、考えてみれば、想うだけで現実になるのは無理があった。『どんな盾も突き通す矛』と『どんな矛も防ぐ盾』は同時に存在できない、矛盾。


 あの時、少女は海と一緒に街も想ったはずだったが、辺りも見渡しても街らしきものは見当たらなかった。


(そういえば、あのとき見に覚えのない蛇行した足跡があったわね)


「こう考えることはできないかしら。花畑から海が見える丘まで移動した、その時間が圧縮されて現実となったって」


「ほう。いい線をいってらっしゃる。《想いの力》には、並行世界を召喚する力ゆえ、時間的に可能な世界である必要があります。それは、詠唱者からすれば、時間が切り取られたと感じるかもしれません」


「なら、仮に、あんたをここで八つ裂きにする想像をすればどうなるのかしら?」


「それは現実にはなりますまい。《想いの力》は可能世界の召喚です。ワタクシは不老不死ゆえ、それは現実にはなりませぬ。うむ、話はこれくらいにして、そろそろ参りましょう」

「どこかへ行くの?」


 そういえばカルヴェイユは少女を迎えにきたのだった。でも、ここは花畑と海しか存在しない世界。カエルサイズの出入り口でもあるとでも言うのだろうか。


 すると、カルヴェイユは何かを詠唱した。


「《完全なる世界の顕現デウス・エクス・マキナ》」


 それは《想いの力》、並行世界を操作する力の一端だ。少女が花畑を海に変えたものと同じものだが、カルヴェイユはこうも言っていた「不完全である」と。


 カルヴェイユの詠唱する《完全なる世界の顕現》は完全なるものに近い。


 カルヴェイユから発せられた光は、雫となり世界に落ちた。そして空間を、いや世界を水面のように波打たせた。花畑は波打つたびに姿を変えていき、新しい世界が現れた。


 それは並行世界の召喚、並行世界が現実世界と置き換わった瞬間だ。


 少女はどこかきらびやかな屋敷の一室に居た。


「ここは王都エスカリエ、エスカリエ城の一室でございます。ワタクシは忙しいので、あとのことは王宮の者たちに任せるとしましょう。この世界には学院がありますので、マリー様はどうか勉学をば。そして完全なる世界を実現してくださいまし」

「完全なる世界?」


 カルヴェイユはマリーの言葉に答えることなく、窓から外へでると、城壁をつたって何処かへ行ってしまった。


 少女は、記憶がないままにも、カルヴェイユに話を合わせてここまで来てしまった。


「はあ、仕方ない。記憶を取り戻すまで、偽りのマリーを演じるしかないのね」


 その足に、色褪せることのない花の色をつけた少女は、王宮の扉を開いたのだった。

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