01 見知らぬ花畑にて
青空が広がっていた。雲がゆったりと流れていた。春一番を思わせる風が吹いたとき、無数の花びらが空を舞った。
「花――?」
はて、ここはどこだろう? と少女は体を起こした。
大地は無数の丘を作るものの、地平線の彼方まで見えるほど平坦であり、そこに永遠に無限と思うほどぎゅうぎゅうに敷き詰められた花が一面に咲いていた。
無限に続く花畑、《無限庭園》が広がっていた。
少女はその花畑に見惚れていた。髪が乱れても構わない壮観な景色だ。肩まで伸びた金色の髪は色あせて赤茶色っぽくなっていて、整った顔立ち、その青色の瞳に花畑が映っていた。
だが、少女は想うまい。カタルシスで浄化される想いも、思い出も、少女の記憶にはなかったのだから。
「はあー、花はこんなにも綺麗なのに、私って全然駄目ね」
どうしようか、と仰向けに倒れた。
状況を整理しよう。辺りをみる、誰もいない。服は、ボロ布一枚の服と呼べるのかの格好。動物の気配、ない。
少女はたったひとり、無限に続く花畑で記憶を喪ったまま目覚めたのだった。
しばらくの間、思考を回転させた。だが、決定的なアイディアを思い浮かべることはなく、自分が何も覚えていないことを知った。
ふと、少女は思う。自分は何者で何をすべきなのか、いや、本当は何者でも良くて、使命なんてないのかもしれない。
「…………」
少女は花畑に目を向けた。
どうも目の前にある花畑がどこか見たことがある気がしてならなかった。思い出せそうで思い出せない、いや、はじめて見る光景なのに見たことがある、既視感というのだったか。
考えても何も得られなかったので、少女は勢いよく跳ね起きた。
「よし! あの丘の頂上へいきましょう。あの丘が私のゴールよ!」
そういって、少女は花畑をかき分けながら未知の世界を歩みはじめた。
道なんてなく必然的に花をかき分けて進んで行った。
少女は素足で小石を踏むたびに、声にならない悲鳴を噛み締めては、今日の痛覚は絶好調だと自分に言い聞かせていた。
花を折り、押しやり、むしり取ったその花が少女の服を様々な色に彩っていく。
少女が丘の頂上へ辿りついたころには、少女の足はカラフルに彩られていた。
しかし少女は気づくまい。丘の頂上からは、なおも無限に続く花畑が広がっていたのだから。
少女はやっと辿りついた丘の頂上から、なおも無限に続く花畑に侮蔑の視線を浴びせて、仰向けに倒れた。
「あー! もうやってられるか! そもそもここはどこ! 私は誰! 誰か私を証明してちょうだい! あわよくば、丘の頂上からは海が広がっていて、賑やかな街がみえる展開を期待していたのに!」
そういって目が虚ろ虚ろしてきた少女はまどろみの中、丘の先に広がる海と街を想像しながら眠ってしまった。
――ザアザアとさざ波の音が聞こえた。
潮の香りが漂ってきた。少女はハッと気付き体を起こした。
先程まで花畑だったその光景はうってかわり、水平線が見える海が広がっていた。
「はい?」
少女は寝ぼけているのかと顔をつねる、いだいと思わずだみ声になる。これはまさしく現実だ。
花畑だった場所が海に変わった。
来た道を振り返ると、自分が作った道があったのだが、
「私こんなに歩いたかしら?」
蛇行するように歩いた記憶はない。少女はただ海があったらいいと想ったまでだ。
――ぴょんぴょんぴょん。
(いつの間にか海のある場所に歩いていてその道中の記憶を喪ったとか?)
――ぴょんぴょんぴょん。
(それとも花畑に見えた所が本当は幻影で海だったとか?)
――ぴょんぴょんぴょん。
(いや何か決定的なことを忘れている気がする)
――ぴょんぴょんぴょん。
「あー、もう。さっきからぴょんぴょんぴょんぴょんうるさいわね。こっちは考え中よ」
思索にふけっていた少女は我に変えった。
ここは誰もいない無限に続く花畑。動物の気配がないのも確認ずみ、ならばこの音の正体はなんなのだろう。
「花がぴょんぴょん鳴いているとか? まさか?」
少女は息を殺して身を屈めた。相手が分からない以上、不用意に身を乗り出すのは愚策になると考えた。狩られるくらいなら狩ってしまいたい。
少女の服が花で彩られたおかげか、音の主は少女を見失ったらしく、立ち止まり辺りを索敵しているようだ。
「いた――」
相手より早く音の主を見つけた。花の影から、ずんぐりむっくりとしてまん丸なシルエットが見えた。背丈は低く、花と同じか低いくらいだった。
恐るおそるしかし確実に、もう無限に感じられた時間にようやく刺激が現れたのだと、この機会逃すすべはない。
迅速に音に主が反応できないスピードで距離を詰め、鷲掴みにした。
「とった!」
確保したのはいいものの、何やらこの音の主、皮膚は湿り気がありベトベトして、掴みどころがなくヌルヌルとしていた。
「うげっ! 気持ちわるっ!」
侮蔑の言葉と共に放り投げられた音の主は、真上に投げたことで、少女の顔へと落ちてきたのだった。
少女はゆっくりとそれを引き剥がすと、今度はきちんと真正面に放り投げた。
それは一般に脊椎動物亜門・両生綱・無尾目に分類される生物。幼体はエラ呼吸をし、生体になると肺呼吸になる。いわゆる、カエルだった。
「いやはや、お探ししましたぞ。ずいぶん遠くへ来られたようで」
喋るカエルがそこにいた。
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