29 正体
ロイス・カルエルは鍛えられた筋肉をさらけだして雄叫びを上げていた。そのロイスを取り囲むように男たちが集まり熱狂に包まれている。
ロイスと対峙するのは二メートルはある野生の虎であり、今ここにロイスと虎の一騎打ちが開催されていた。
「うおおおおおおおおおお」
ロイスは雄叫びをあげて、虎との取っ組み合いがはじまった。聴衆に集まった男たちは賭けをはじめる。
「さっきの熊は簡単に投げ飛ばされてたからな。俺はロイスにかけるぜ」
「この場合ロイスが負けたらどうなるんだ?」
「そりゃ、俺たちも虎に食われるんじゃねえの?」
フリーダは木を背にして、大きくため息をついた。
「バッカみたい」
結局のところ、ロイスは虎を抱きかかえ腕力のみで押しつぶした。バリバリと骨がひしゃげる音にフリーダは目を反らした。
「どうやらこの世界でも俺は最強のようだ」
「まるで原始人みたい。私は、こんな野蛮なものとつるむために学院に来たわけではないわ。さっさと帰り道を探しましょう」
フリーダは翡翠色の剣をロイスに向けた。たとえ、どんなに強靭な肉体であろうとも金属製の剣に人間は太刀打ちできない。
「……まあ、奴らもこの世界に召喚されているのだから、奴らが帰る方法をみてからでもいいだろう。フリーダ、よく考えてみろ。ここは荒廃したエスカリエの世界だ。法が存在しない、自由な世界だ。今この瞬間だけこの世界を満喫してもいいだろう」
「だからといって、私の生き方が変わるわけではないわ」
フリーダは退屈そうに髪をいじった。フリーダの立ち居振る舞いはどこか妖艶な雰囲気を感じさせる。
一人の男がフリーダの肩にもたれかかった。
「フリーダちゃ~ん。せっかくの自由な世界だよ。ほら、遊ぼうよ~」
フリーダは侮蔑の視線を男に向けてハイヒールで男の足を踏んづけた。
「いっだあああああああああ! 何しやがる! この
フリーダの翡翠色の刺突剣が男の目に向けられた。炎天下で干からびる虫をみるような目で男を見下して、剣はいまにも男の目に刺さりそうな距離にある。
「次、同じようなことをしたら、あなたの目で償ってもらいますわよ」
男は「ちっ!」と舌打ちをして、フリーダから距離をとった。ちょうど斥候が帰ってきてロイスに耳打ちをした。
「よし、ここまでにしよう。フリーダも剣を下ろすんだ。ここからは、仕事の時間だ」
フリーダはクルクルと剣を回すと腰にある鞘にしまった。
「ふう、食べた、食べた」
マリーのお腹は満たされた。ローズたちは食べられなかった部位を地面に埋めていた。
食料はなんとかなったが、マリーたちは元の世界へ戻る方法を見つけなければならない。
もしこの密林が、マリーたちがいた世界と大陸で地続きだったら、徒歩で帰れる可能性もあるが、あいにく今どこにいるのかすら把握できていなかった。
「思うに、さっきの熊の縄張りが怪しいと思うのよね。あれだけ、縄張りを主張していたのだから、他の動物は入りこめない。つまり、風化も最小限に抑えられてる可能性があるわ」
マリーたちは茂みを抜けると開けた場所にでた。
人の手が入ったであろう建造物が見える。もっとも、何百年も放置された様子でほとんど原型を留めていなかった。木造の建造物は倒壊し苔が生え、石造りのものは原型の面影があるものの、何だったのか判別できない。
巨大な円形の窪地には、石畳が敷き詰められていた。
「これは、なにかの文明の跡でしょうか?」
窪地を下りて石畳を確認する。石は人工的に切り取られた跡があり、偶然の産物ではないことがわかった。この密林に文明の痕跡があった。だが、何かを推論するには情報が不足してる。
(意味のない石畳ね。まるで学院の地下みたいだわ)
とマリーはふと思うのだった。
だが、同時にこの発想はマリーに予感させた。
もし、活気あふれる学院に慣れていればこの発想は生まれない。マリーが記憶を喪っていて、学院にいった日が少ないからこそ、生まれた発想だった。
もしかしたら、と石畳の形状から記憶を頼りに、とある方向へと進み、窪地をあがると予想通りの光景が見えてきた。
石の地面に瓦礫の山、それが噴水の痕跡だったと考えるなら、その下に淀んだ水が溜まっていることに納得がつく。
「そうか、これは噴水広間だ」
「マリー様」
遅れてやってきたマーガレットとローズたちに言い直した。
「これはまごうことなきエスカリエよ。それも、滅んだエスカリエ。どこか別の並行世界では、エスカリエは滅んでいた、ということよ」
「……エスカリエが滅びる世界があったのでしょうか?」
「少なからずそういうことになるわ。《不完全な世界の顕現》は可能性の召喚、と考えるべきかしら?」
「……そ、そんなことはあるまい! エスカリエはマリー女王陛下の統治される国、滅びるなんて」
ローズの言葉を重く受け止めた。女王マリー・ルーン・エスカリエが存在しながら、エスカリエが滅んだ世界があるという事実は、可能性だとしても看過できない。
「残念だけど、これが事実。そして、私が受け止めるべき課題……ね」
「何を言っているのだ。だからといって、メアリー殿が反省する必要はないだろう?」
マリーは、長らく愛用していた狐の仮面をその場かぎりで外した。赤茶色の髪が翻り、マリーの顔があらわになった。
「騙してごめんなさい。私、メアリーではないの。私は、マリー・ルーン・エスカリエ。このエスカリエを導くものよ」
マリーの顔はエスカリエ国民なら知っていた。女王マリーの肖像画は、エスカリエ国民なら一度はみたことがあるはずだ。
そして、今、肖像画と同じ顔が、ローズ近衛分隊の前に現れた。
「まさか、メアリー殿が……マリー女王陛下だったとは……」
「これは驚くべき展開ですわ」
「陛下……」
「女王陛下万歳」
ローズ近衛分隊は、憧れのマリー女王が目の前に現れたこと、一緒に冒険をしていたメアリーだったこと、驚きと感動で涙を浮かべた。
ローズは目を見開いて口を開けたまま硬直した。
「ローズ?」
「いけない。立ったまま気絶してますわ」
ローズが意識を取り戻したとき、
「いやー! 皆、おはよう! 我は昼間から夢を見ていたようだ! 白昼夢というやつだな! メアリー殿がマリー女王陛下なんてあるわけがなかろう……」
マリーがローズの方へと振り向くと、ローズは鼻血をだしてまた気を失いかけた。
「ローズさんしっかりしてください」
ローズは四人に看病された。
マーガレットはずっとマリーと呼んでいたので、気づく機会はいくらでもあったはずだが、ローズたちはそう信じたくないという気持ちも少しはあったかもしれない。
「マリー様。おめでとうございます」
意表を突くマーガレットの祝いの言葉に、マリーは疑問符を浮かべた。
「これで、仮面のない生活が始められますね」
「それは……どうかしら?」
心地よい風がマリーの横を通りすぎた。仮面を外したからか、いつもより清々しく感じた。
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