25 猫の被害者
次の日、カルネラはヴィルヘルムの命により、一日だけマリーの近衛から離れることになった。
マリーは学院の制服と狐面をつけると、マーガレットと二人、学院へと繰り出していた。
「やっぱり、カルネラがいないと学院の探索は難しくなるのよね」
マリーはしばらくの間、学院の入り口で立ち尽くしていた。
カルネラがいないといっても、ローズ、リンドは学院にいるはずだ。ここ数日を無意味に過ごしたわけではない。
マリーが暇を持て余していると、案の定、ローズたちが走ってきた。
「メアリー殿ぉぉぉ! 今日もメアリー殿の配下、ローズ・ヴァレンシュタインとその配下たちが馳せ参じました!」
「おはよう、ローズ」
「おや? 今日はカルネラ殿はいらっしゃらないのですか?」
「そう、急用がはいったみたいなの。ローズ、カルネラの代わりに私を守ってくれるかしら?」
「もちろんでございます! ヴァレンシュタイン家の名に恥じぬよう、命をもって守らせていただきます」
「あー、命はかけなくていいからね」
「メアリー殿。早速ですが、お耳に入れたいお話がございます」
「よろしい。発言を許可する」
「コホン。昨日、『魂を食らう猫』が学院に出没したらしいのです。それで、一人の生徒が意識不明の状態です」
「魂を食らう猫?」
魂を食らう猫、マーガレットから喋る猫だと聞いていた。そして、喋る猫がアルストロメリアだと分かったのは先日のことだ。
アルストロメリアが敵なのか、味方なのか判断できない。でも、完全なる世界を目指していることは分かった。完全なる世界が何を示しているのかは分からないけど、重大な使命だと感じていた。
「ローズ、その子のところに案内してくれる?」
「おお、流石メアリー殿だ。そう言ってくれると信じていたぞ!」
「まあ、一応ね」
ローズに案内された宿舎に向かうと、ちょうどローブを着た集団と入れ違いになった。その顔は黒子頭巾で隠され、猫の紋章が浮かび上がっていた。
「マリー様。あれはアルストル家の紋章です」
マーガレットがマリーに囁いた。本来なら、カルネラに跡を追跡させるはずだが、あいにく今日カルネラは不在だ。
マリーたちが宿舎に入ると、ベッドで体を起こした少女がいた。
黄色のロングヘアに端正な顔立ち、目は虚ろ虚ろして意識はないようだった。まるで、魂のみが並行世界を行ったり来たりしているみたいに。
「彼女の名前は、アリア・トルストイ。エクアトール学院の習得者、ちょうどローズと同期でしたね」
そういえば今日はカルネラの不在とともに、いつもローズが連れている一人が見当たらなかった。
「そうです。アリア・トルストイは我の同士、ローズ近衛分隊の一員です」
(ああ、なるほど。通りで慣れ親しんだ感じがしたのね。いつも全身甲冑だから分かんなかったわけだ)
「呼吸は……あるようね」
アリアの胸に顔をつけると呼吸音と心臓の鼓動を聞いた。生命活動はしているようだ。
エスカリエに医者はいるが、目の前の非科学的な現象に皆、さじをなげるだろう。
「マーガレット、魂を食らう猫の話。不完全な世界を望んだ人間は最後、どうなったかしら?」
「え? ええ、確か意識不明の状態になります。身体には異常はないのに、人形のように何の反応もなくなります。まるで魂がどこかへ行ってしまったように」
アリア・トルストイの症状は、明らかに魂を食らう猫の被害にあったようだ。しかし、マリーは同時に疑問に思った。
(アルストロメリアが犯人だとしたら、何か目的があるのかしら?)
マリーは、一度だけ猫の姿のアルストロメリアとあっただけだが、アルストロメリアに十分な信頼をもっていた。
同じアマリリスから生まれたということ。生き別れの妹だということ。完全なる世界への使命を持っているということ。
だが、アルストロメリアにも何か考えがあると思う反面、すべての行動に賛成したわけではなかった。
「心当たりがあるわ」
「本当か!? メアリー殿!」
「可能性はあるわ。でも確定じゃない」
「それでもお願いしたい! 我が同士をぜひ、助けてほしい!」
マリーはアリアの宿舎を出ると学院のほうに向かった。
(ただ、メアリーとして正義を執行するだけよ)
「マリー様」
(何、大したことはないわ。アルストル家の野良猫に扮したアルストロメリアを捕まえて白状させればいい。友達が意識不明の状態にされたところで、心は平穏穏やかであるべきだわ。そう、冷静沈着に足を運べばいい)
「マリー様!」
マーガレットに正面から肩を抑えられ、動きを止められた。
「お気持ちはわかりますが、まずは冷静であるべきです」
あ、とマリーは行動と心情が一致していないことに気づいた。
「そんなに顔にでていたかしら?」
「マリー様はわかりやすいですから」
マリーはマーガレットに諌められた。マーガレットが止めにはいらなければ、マリーはいまごろ無実な猫をとっつかまえて拷問にかけていたに違いない。
反省する点はもう一つある。アリアを治す方法に心当たりがあるけれど、その方法をローズたちに教えていなかった。解決方法こそ、共有すべきものだと反省した。
「……そうね。もう一度、ローズたちのいる宿舎に戻って、これから私たちのとる行動を説明しましょう」
マリーとマーガレットが踵を返して宿舎に戻ろうとしたとき、ローブを被った人影から溢れんばかりの光が放射された。
「《
閃光爆弾のように放たれた光は、あまりにも眩しすぎて目を開いてはいられない。
「これは……! 《想いの力》!? なんでこんな時に?」
《不完全な世界の顕現》は、並行世界の物質を現実世界へと送る――召喚だけでなく、現実世界の物質を並行世界へ送る――逆召喚も可能だった。
もっとも、逆召喚可能な条件を満たせる詠唱者が少ないこと、ある理由をもって上位の《想いの力》が存在するので、この使われ方をするのは稀だ。
マリーとマーガレットは水に流される感覚を味わった。マーガレットは離れないようにマリーの腕をしっかりと掴んだ。
世界が書き換わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます