26 密林にて

 陽炎を伴う陽の光がマリーたちを照らした。雑踏の音の代わりに、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。地面を触ると土の感触。


「マーガレット、無事?」

「はい、なんとか」


 大丈夫とはいったものの、すぐに目を開くことはできなかった。マリーたちが目を開いて辺りを確認したのは、しばらく経ってからだ。


 鬱蒼と生い茂る蔓、みたこともない真っ赤な果実、高さ三十メートルはする樹木からは数世紀にわたる歴史の片鱗を感じられた。


「ここは……?」


 巨大な樹木を前にして、マリーとマーガレットは立ち尽くした。さきほどまでいた学院は鬱蒼とした木々が生い茂る密林へと変わり果てた。


 巨大な樹木の前をぐるぐる歩いて考えた。だが、革新的なアイディアを思い浮かべることはなく、今もなお、まばゆいばかりの陽の光を放射している太陽に悪態をついた。


「暑すぎるわよ」


 マリーは遭難中だった。王宮で遭難した人がいる話は聞いていたが、まさか学院で遭難するとは思いもしなかった。


 マーガレットを斥候にだすことも考えたが、マリーひとりで待機させることにマーガレットに反対された。


 《不完全な世界の顕現》、並行世界の一部を召喚する力。これを誰かに使用されて、知らない密林に飛ばされたと考えた。


「マリー様。状況はわかりませんが、私達にはまず、すべきことがあります」

「よろしい。マーガレット・ルイス・アステリカ。マリー・ルーン・エスカリエの益になる発言を許可しましょう」

「水の確保が優先かと」

「あ」


 マーガレットの最もな意見に辺りを探索することにした。


 遭難時にするべきことは、まず暖の確保、飲める水の確保、できれば帰り道を探したいところだが、世界が書き換わったのだからまっとうな帰り道はないと思ったほうがいい。


「でも、マーガレットが剣を持っていてよかったわね。これで猛獣がでても、なんとかなりそうだわ」


 マーガレットを先行させて、道なき道の木々を切って行った。しばらく進んだところでマーガレットはマリーを制しさせた。


「……マリー様、水の音です。それと、人の声も聞こえます」

「まじ?」



 ローズ近衛分隊には四人の分隊員がいる。


 アリア・トルストイ、ケイト・アンダーウィル、ルイーゼ・ラトリック、スローシャ・ベルンシュタイン。


 全員がメイド養成学校の同期であり、女性だった。彼女たちがローズ近衛分隊として騎士になろうと決意したとき、女性だと軽んじられるからという理由で全身に甲冑を施した。


 それが、彼女たちが甲冑を着る理由であり、ローズ・ヴァレンシュタインには近衛分隊の顔として、まあ、言うならば囮として、その赤色の髪をさらけだしたという話があった。


『貴公らは、我の影となってもらう。何か問題があったときは、我がすべての問題を引き受けよう。なに、我の髪は目立つからな』


 そういうわけで、ローズ近衛分隊の隊員たちは、隊員であるときは名前を名乗ることはない。しかし、それは甲冑を着ている間で、いまは灼熱の日差しに鉄板のように熱くなった甲冑を脱ぎ捨て、肌着ひとつで水浴びをしていた。


「やはり、きれいな水だな。まるでオーレアリアにある泉のようだ」

「しかし、私たちこんなところで遊んでいていいのかしら?」

「アリアが元に戻った。祝うべき」

「面目ありません……」


 茂みに隠れたマリーが五人の姿をみた。マリーがあえて隠れているのは、決してやましいことがあるわけでもなく、決して女子五人の和気あいあいとした水浴びを覗こうとしてるわけでもない。


「これは現状把握よ、マーガレット。断じて現状把握なんだからね。私は四人の顔をちゃんと見ていなかったわけで、ここできちんと把握しておく必要があるわ。赤髪の子はいうまでもなくローズだとして、銀色っぽい短髪の子はケイト、緑かかった黒髪でおっとりしたのがスローシャ、おさなげな顔立ちだけど大人顔負けのスタイルをしているのがルイーゼね。あと、黄色髪の美少女はさっきあったアリア・トルストイだわ」


「……マリー様。現状把握なら、堂々と前に出られたらよろしいのではないでしょうか?」


「いいえ。これはもっと観察する必要があるわ。五分、いや、あと十分!」


 目が血走りはじめたマリーだったが、残念ならが時間切れだ。マリーを支えていたツタが切れ、マリーは川岸の砂場へと転がり落ちた。


 ひっくり返って一回転したマリーと五人の目が合った。マーガレットは呆れた様子で額に手を当てた。


「うわああああああああ!」

「「きゃああああああああ!」」


 密林に六人の女子の悲鳴が轟いた。



 マリーは川辺に正座をし畏まった。誰にも言われるまでもなく、自主的に、いや自首的に正座していた。


「何だ、メアリー殿ではないか! 貴公もこの空間に召喚されたのか!?」

「貴公も、ってまさかローズたちも学院から……? てか、なんで水浴びしてんの」

「なに、甲冑だと熱くて仕方なかったのでな。それと、祝いの意味もある」


 学院では猫の被害にあったはずのアリア・トルストイの姿があった。


「どうして? 彼女は学院で魂を食らう猫の被害にあったはずよ。ローズ、今日の出来事をざっと説明してくれるかしら?」

「うむ。今朝、アリアが猫の被害にあったことを、メアリー殿に話した。そして、メアリー殿は心当たりがあると出ていかれ、数分経った後まばゆい光に覆われたと思ったら、我らは皆、この密林に召喚されていたというわけだ」


 記憶に齟齬はなかった。マリーと同じ学院から召喚されたローズ近衛分隊だと認めざる得ない。


 しかし、考えてみれば分からないことだらけだ。マリーたちは《不完全な世界の顕現》でこの密林へと飛ばされたと考えるのが自然だが、一緒に召喚されるならば、アリアは意識不明になっているはずだ。


 この世界では、アリアは猫の被害に遭わなかったと考えることができるが、どうも腑に落ちない。


「アリア。あなたの記憶を教えてくれるかしら?」


 アリアはおずおずと証言した。


「昨日、私は、喋る猫と出会いました。噂に聞く、魂を食らう猫です。ありのままの世界か、不完全な世界か、完全なる世界か、と質問されたあと、私は不完全な世界と答えました。それで……すみません。意識が朦朧として、気がつけば、この密林にローズたちと一緒にいたのです」


『魂を食らう猫』が《不完全な世界の顕現》を詠唱したとは考えにくい。


 どちらかというと魂を移動させる力、《純真たる魂の共鳴》に近いものだと直感した。アリアは、昨日『魂を食らう猫』の被害に遭い、魂を強制的に移動させられた。

 そして、今日密林にアリアの肉体が召喚されこの世界にアリアの魂があって復活したと考えた。


 真剣な様子でマリーが思考を続けたので、アリアは心配そうにマリーに声かけた。


「あの、メアリー様?」

「……うん。考えても答えはでないわね。そろそろ移動するわよ」

「どこかに行くのでしょうか?」


「もちろん! 考えてわからない以上、行動あるのみだわ。いまから私たちは、未知を冒険する。冒険者よ」

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