39 世界線係数

 マリー、マーガレット、カルネラの三人はメイドの幽霊の考察を始めた。


「……確かに王宮は《不完全な世界の顕現》で増築され続けています。《不完全な世界の顕現》とは、並行世界の一部を現実世界に召喚する力。偶然にも別の並行世界の住人を召喚してしまうケースもありえなくはないのですが」

「人体の召喚は、不可能って言ってなかったっけ?」

「不可能ではなく困難です。これには学院で唱えられた世界線係数という説があります……」


 カルネラはここで言葉を詰まらせた。マリーは目を細くしてカルネラを睨みつけた。


「……何よ、もったいぶってないで話しなさいよ」

「いえ、先程マリー様に止められたので、つい」

「いいわよ、許可するわ。なんならカルネラとガーベラのマル秘エピソードも追加してもいいわよ」


「それはご勘弁を。世界線係数は、自由意志の優先順位についての説です。この説では、自由意志は係数で例えられ、係数が高いほど自由意志の優先度が高くなる、というものです」


「係数ってなんだったかしら?」


「マリー様、ここはとりあえず、数字のことと考えればよろしいかと」

「ああ、なるほどね。ありがとう、マーガレット。ようは数字が大きいほど、優先度が高くなるのね」

「その解釈で正しいかと」


「説を唱えたのは、エスカリエの研究者アルバート・マーゼンフリー博士でした。いわく、現在の世界線係数を1としたとき、未来に対してマイナス1され過去に対してプラス1される原理が存在するということ。現在の係数が1であるならば、過去は2、未来は0ということになります」


「それが自由意志の解釈ですか?」

「はい、現在の係数が1であるため、未来の係数0に対しては係数が大きいので現在の自由意志が優先されます。つまり、未来は書きかえることが可能。しかし、過去の係数2に対しては係数が小さいため、過去の自由意志、つまりは過去の事実が優先され、過去は改変されません」


「ん? なんで人体の召喚に時間の説が必要なのかしら?」


「この説をボーア先生が改良したからです。《想いの力》、《純真たる魂の共鳴》に優先順位はあるのか、と」

「《純真たる魂の共鳴》はボーアにやられたやつね。私も使ったことあるわ」


「マリー様、《純真たる魂の共鳴》を詠唱したとき、相手はどのようになりましたか?」

「え? ああ、そういえば、魂が抜けたみたいになってたわよ。生気はあるのに、意識だけないみたいな。そうね、猫の被害者と同じだった気がするわ」


「そう、これは魂が並行世界へずれたことによる現象です。マリー様からそう見えたように、相手からはマリー様がそう見えることになります」

「ああ、そうなんだ。それは知らなかったわ」


「では《純真たる魂の共鳴》により魂がずれた状態で、互いに殺し合えばどうなるでしょうか?」

「私が相手を殺して、相手が私を殺すってこと? そうね、相打ちになる? いや、どっちかの世界に戻るはずだから。あれ? 私が殺した世界と私が殺された世界、どっちの世界に戻るんだろう?」


「それが、ボーア・シュトレイゼンが発見したことですか?」

「はい。《純真たる魂の共鳴》では、どちらかの世界に戻ることになる。ではどちらの世界が優先されるのか、それを決めるのが世界線係数です。相手より自分の世界線係数が大きいと自分の世界が優先されることになります」


「それで? 人体の召喚とやらは?」


「自由意志に優先順位があるならば、人体の召喚が困難な理由が分かります」

「そうですか。つまり、この世界の優先度が低いから、他の世界の人体の召喚が困難になっているということですか?」

「はい、そのとおりです」


「ん? どういうこと?」


「マリー様。たとえば、この世界の世界線係数が1だったら、世界線係数が2の世界の人間は召喚できないことになります」

「そうね、物質に自由意志はないと考えるなら、物質の召喚が可能で、自由意志のある人の召喚は、世界線係数が低いから召喚できないことになるわね。たしかに」


「しかし、カルネラ。この説では、世界線係数が2の世界の人間は、世界線係数が1の人間を召喚し放題になりませんか?」

「そこで、マーゼンフリー博士の説です。この説の世界線係数は、現在に対して未来がマイナス1、過去がプラス1されるように、世界についても相対的になります」


「つまりは、世界線係数が2の世界からは、この世界が3に見えるということですか?」

「ええ、たぶん。この説は不完全なものですから。この世界の人類が減っていなく、他の世界の人間が召喚できないのなら、そういうことになります」


「んー、なるほどね。でも、それならやっぱり人体の召喚はできないってことにならないかしら? 自分からも相手からも大きく見えるなら」


「そこです。それが《想いの力》で人体の召喚が困難とされている理由です。ですが、もしこの世界に、世界線係数が3の人間がいればどうなるでしょうか? それはきっとどの世界の《想いの力》よりも優先される力になるでしょう」


 世界線係数という条件さえ満たせれば人体の召喚は可能となるが、世界線係数が1の世界に世界線係数が3の存在を作れないことが研究者の頭を悩ませていた。


 世界線係数は一種のバロメーターでもあった。今、この世界の世界線係数が1であったとき、世界線係数が2の存在は過去のものだと分かるし、世界線係数が0の存在がいれば未来のものだと分かる。そして世界線係数が3の存在は別の並行世界のものだと分かる。


「ねえ、カルネラ。で、その世界線係数とやらはどうやって調べるのかしら?」


 カルネラは首を横に振った。


 結局、《想いの力》の理解を深めたところでガーベラが二人いるという体験につながる答えは見つからなかった。

 分かったのは《想いの力》の優先順位と、あるかもわからない世界線係数と、調べ方が分からない世界線係数だった。


(世界線係数ね……。どこかで聞いたことがある気がするのよね)


 マリーは記憶を思い起こした。


『同時に二人の《想いの力》が発動されたならば、世界線係数の大きいほうが優先される……』


「あ」


 それは以前、司書長ユリウス・ランダウアーに写本を依頼したとき彼が呟いていた言葉だった。

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