38 重ね合わせの時間 ~メイドの幽霊2~

「……申し訳ありません、マリー様。いまの振る舞いはメイドにあるまじきものでした。ガーベラの代わりにどうか、私を罰しください」


 マーガレットはマリーに恭しく頭を下げた。


「い――」


 いいわよ、と簡単に言いかけたマリーは言葉を謹んだ。


 マリーにとって、ガーベラの行動は別に何も感じるものはない。誰だって失敗はするし、恥をかくし、隠しごとはある。

 ただ、マリーは女王マリーとメイドの関係に、少しでも「らしさ」を見せようとした。


「いいでしょう。罰はそうね、あのメイドのこと、詳しく教えてくれないかしら?」

「ガーベラの、ですか?」


 マーガレットは気の抜けた顔をして聞き返した。


 マーガレットはメイド養成学校時代、一枚の皿を割ったメイドが教官に厳しく指導されていたのを思い出していた。


 研修として貴族の屋敷に二ヶ月間雇われることもあったが、失敗したメイドはムチで叩かれたり、メイド服をやぶかれ、一日全裸でメイドをするという辱めを受けているのを見てきた。


「それで……よろしいのでしょうか?」

「はい?」


「ムチで叩かれたり、身ぐるみを剥がされたりしなくてよいのでしょうか?」

「マーガレット、あなた酔ってるの?」


「いいえ、申し訳ありません。メイドというのはそういうものだと思っていたものですので。コホン、改めます。ガーベラのことですね。彼女は私と同期、私より一ヶ月先輩にあたるものです。出身は、すみません。他のメイドは冠花で呼び合ってるので名前と出身はわかりかねます」


 メイドとはいっても、メイド養成学校でメイド職を修めたものとエクアトール学院で新たにメイド職をとったものと二種類いた。


 メイドたちは冠花で呼び合うことで足りるので出身はおろか実名すら知らないことが多い。


(やっぱり冠花か、私の記憶にないメイド、アマリリスのメイドとも言えるかしら。それとも、この世界の本物のマリーという可能性ね)


「マリー様、あのメイドのことが知りたいなら、自分が力になれるかもしれません」

「ほう、申してみよ。カルネラ」


「あのメイドの出身はずばり、エスカリエの東地区。教会の生まれで、父は神父、母はシスターをしています」

「やけに詳しいわね。……カルネラ、あなた、まさか、ハッ――」


 マリーは気づいた。カルネラはとうとうやらかしたのだと。王宮の可愛いメイドに付きまとって、出身、名前を調べあげ、髪を採取しては遺伝子分析をかける変態になったのだと。


 マリーは瞳に涙を浮かべながらカルネラの肩を叩いた。


「自首するなら早いうちがいいわ。私の最高権限によって、最低でも死刑にしてあげるから」

「ちょっと待ってください。何を想像したのか知りませんが違いますよ。あのメイドの名前はナリア・アルスバーンです」


 マーガレットは事情が理解できた様子で納得した。


「アルスバーン? 奇遇ね。カルネラと同じ姓だなんて。こんなこともあるものね」

「自分の……妹です」


「カルネラ、大丈夫? 頭でも打ったのかしら? あなたみたいな朴念仁に、あんな可愛い妹いるわけないじゃない」

「本気で自分の妹です」


「マジで言ってるの?」

「マジです」


 マリーはどこか腑に落ちないものの納得せざる得なかった。



「失礼します。お茶の準備ができました」


 デジャヴュを感じる声にマリーとカルネラとマーガレットは開いた扉に視線を向けた。ガーベラは、トレイをもって恭しく頭を下げた。


 そして、マリーのテーブルにすでにティーポットが置かれているのを見ると、恥ずかしくなったのか赤面している。


「申し訳ありません。すでに他のメイドが用意してたとは」


 ここで、マリー、マーガレット、カルネラの頭に疑問符が浮かんだ。他のメイドという部分に違和感を覚える。


「他のメイドも何も、このティーポットを持ってきたのはあなたではないですか、ガーベラ」

「…………?」


 ガーベラもまた頭に疑問符が浮かんだ。エクアトール学院でメイド職を修めている仮メイドは、学院で自分の授業が終われば王宮にくることになる。


「え、あと、えっと、私が王宮に着たのは先程でしたけど」

「…………」


 ここにいる四人とも思考が止まった。ガーベラは先程、マリーたちにお茶を持ってきたはずだ。その記憶が確かであるならば、先程王宮についたガーベラがお茶を持ってくる状況は生まれない。


「はっ、さすがガーベラね。カルネラの妹だけあるわ。さっきの失敗をなかったことにしようと、最初から演じているわけね」

「……申し訳ありません、マリー様。なんのことでしょうか?」


「ガーベラ、このティーポットを持ってきたのはあなたのはず。あれは幻ではなかった。私はちゃんとあなたに触れたはず。それに腕の傷も――」


 マーガレットがガーベラのメイド服をたくしあげると、傷一つない綺麗な腕があった。


「マリー様、これはどういうことでしょうか……」


 この日マリー、マーガレット、カルネラの三人はメイドの幽霊の噂の体験者となった。

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